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看護部からはじめる病院改革
8ヶ月で離職を防ぎ、看護師長が育つ看護部になる現場の業務改善 実践ノウハウ

  • 業種 病院・診療所・歯科
  • 種別 レポート

多くの看護部が、慢性的な人手不足による現場の疲弊、若手や中堅スタッフの離職といった課題に直面しています。さらに、管理職である師長が現場業務を兼務しているため、マネジメントや人材育成に手が回らず、業務改善の取り組みも継続できないといった悪循環に陥りがちです。

これらの課題は、多くの病院が直面する根深い問題です。しかし、解決できないものではありません。正しいアプローチと考え方に基づけば、現場のスタッフが主体的に動き出し、やりがいを持って働き続けられる組織へと変革することが可能です。

本レポートでは、看護部改革を成功に導くための具体的なステップと実践的なポイントを解説します。

なぜ、今「看護部改革」が病院経営の最重要課題なのか?

看護部の業務改善は、単なる現場の効率化の問題ではありません。病院経営の根幹を左右する、極めて重要な戦略的課題といえるでしょう。その理由は、大きく3つのインパクトに集約されます。

経営に直結する、圧倒的な経済的インパクト

病院組織において、看護部は多くの場合、最大の職員数を抱える部門です。これは、看護師一人ひとりの小さな業務改善が、組織全体で見れば莫大な経済効果を生み出すことを意味します。

実際に、ある300床規模の病院では、看護師一人あたり月平均2.4時間の時間外労働を削減したことで、年間約2,525万円のコスト削減効果が得られました。※1また、稼働率向上による増収効果も無視できません。900床規模の病院では、業務改善によって病床稼働率が5%向上し、年間約16億円の増収につながった事例もあります。

このように、看護部の業務改善は、コスト削減と増収の両面から、病院経営に直接的な好影響を与えるのです。

「リソース不足」から「未来への投資」という思考転換

生産年齢人口の減少に伴い、看護師の新規採用はますます困難になっています。私たちは、「人は増えない」という現実を前提に、「今いるリソースでいかに未来を創造するか」という発想の転換が求められます。

業務改善は、そのための最も有効な手段です。例えば、看護職員200名の病院で、一日あたり10分の業務時間を削減できれば、年間で12,000時間、約6人分の新たなリソースを生み出せます。※2

この「6人分のリソース」を、これまで手が回らなかった新人教育の充実、DX推進、地域連携の強化といった、病院の未来を創造するための戦略的な投資に振り向けることができます 。改善活動とは、未来への投資原資を生み出す創造的な活動なのです。

縮小市場で「選ばれる病院」になるための必須条件

日本の病院数は減少傾向にあり、今後は、地域や働き手から「選ばれる病院」でなければ生き残ることは難しい時代です。診療報酬制度のもと、戦略での差別化が難しい医療業界において、組織の優劣を分けるのは「実行の徹底度」に他なりません。

その「実行」の最前線を担い、365日24時間、最も長く患者様に接しているのが看護部です 。最大の人員を擁する看護部が変わらなければ、病院全体の変革はあり得ません。看護師が自ら考え行動し、医師や経営のパートナーとなることで、医療と経営の質は向上していくのです。

なぜ改善活動は失敗するのか?多くの病院が陥る共通の課題

多くの病院が業務改善の重要性を認識していながらも、その取り組みが長続きせず、失敗に終わるケースは後を絶ちません。その原因は、現場のやる気の問題ではなく、改善活動の進め方に潜む構造的な課題にあります。

理想と現実のギャップ:疲弊する看護現場の実態

改善活動が失敗する背景には、看護現場の過酷な現実があります。

  • 現場スタッフの疲弊:
    毎日の残業、本来の看護に集中できないことによるやりがいの低下、提案しても変わらないことへの諦めが蔓延し、心身ともに疲弊しています。
  • 管理職(師長)の苦悩:
    自らもプレイヤーとして現場に入らないと業務が回らず、突発事項の対応に追われマネジメント業務に手が回らない状況です。多すぎる会議やメンバーの非協力的な態度により孤立感を深めています。

このような疲弊した環境下では、新たな改善活動はさらなる負担となり、悪循環に陥ってしまいます。

改善活動が失敗する「仕組み」と「マネジメント」の構造的問題

うまくいかない改善活動には、大きく「仕組み」と「マネジメント」の2つの側面から共通点が見られます。

仕組みの問題点

  • ゴールが不明確:
    何のために、いつまでに、どうなれば成功なのかが曖昧なままスタートしてしまう。
  • テーマが重すぎる:
    壮大なテーマを掲げ、最初の一歩が踏み出せなくなっている。
  • PDCAサイクルの形骸化:
    計画(Plan)と実行(Do)を行っても、その後の評価(Check)と改善(Action)が伴わない。
  • 改善手法が我流: 体系的な改善手法を学ばず、自己流で進めてしまうため、成果が出にくい。

マネジメントの問題点

  • 師長の孤立:
    責任感の強い師長が、一人で課題を抱え込んでしまう。
  • 経営層からの丸投げ:
    経営層は、現場に指示を出すだけで、必要な支援やバックアップを行わない。
  • 学習機会の欠如:
    改善手法やマネジメントについて、体系的に学ぶ機会が提供されていない。

これらの問題は相互に影響し合い、改善への意欲を削いでいくのです。

看護部改革を成功に導く8ヶ月間の実践的アプローチ

それでは、現場が主体的に動き出し、成果につながる改善活動はどのように進めればよいのでしょうか。私たちは、多忙な現場でも着実に成果を出すための現実的なアプローチとして、「8ヶ月」という期間を設定した改善プログラムを提唱します。

Step1. スタートアップ期(1ヶ月目):成功の土台を入念に築く

改革の成否は、最初の1ヶ月の準備で決まるといっても過言ではありません。この時期に重要な4つのキーワードを紹介します。

  1. 現地現物:思い込みを捨て、真の問題を発見する
    問題は会議室ではなく、現場で起きています。まずは経営層や管理職も一緒に現場をラウンドし、自分たちの思い込みを捨て、客観的な事実を把握することが不可欠です 。現場に潜む「8つのムダ」を自らの目で確認することが、改革の第一歩です。
  2. VSM(バリューストリームマップ):患者視点で課題を共有する
    課題を洗い出す際は、「看護師の業務」ではなく「患者様の体験」を軸にします。VSMという手法を用いて患者様の時間の流れを可視化し、「患者様にとっての不具合」を特定することで、「患者様のため」という組織共通の目的意識が生まれ、他職種も巻き込みやすくなります。
  3. 改善推進体制の構築:役割を明確にし、当事者意識を醸成する
    誰が何に責任を持つのか、役割分担を明確にします。「グランドスポンサー(看護部長など)」「プロセスオーナー(モデル病棟師長など)」といった新しい役割名を用いることで、「これは今までのやり方とは違う新しい取り組みだ」という意識を醸成し、固定観念からの脱却を促します。
  4. 合意形成:「ドッチボール」から「キャッチボール」へ
    一方的な指示命令である「ドッチボール」では、現場にやらされ感が生まれるだけです 。そうではなく、「私たちはこうありたいと思うが、どうだろうか?」と対話を重ねる「キャッチボール」を通して、全員が納得感を持って取り組むための土壌を築きます。

Step2. 改善サイクル期(2~7ヶ月目):小さな成功体験を積み重ねる

土台が固まったら、いよいよ改善サイクルを回します。ここでのポイントは、小さなPDCAを高速で回し、現場に「やればできる」という成功体験を積み重ねてもらうことです。

  • A3思考で目的を共有:
    個々の活動が目的化しないよう、「戦略A3」という1枚のシートに、活動の背景、目的、課題を常に明記し、関係者全員がいつでも原点に立ち返れるようにします。
  • 2週間に1回の高速PDCA:
    1つのテーマを3ヶ月で達成することを目標とし、具体的なアクションは2週間に1回のサイクルでPDCAを回します。このスピード感が、改善を停滞させない秘訣です。
  • 「相談」を引き出すマネジメント:
    上司は答えを与えるのではなく、「現状はどう?」「あるべき姿は何?」「それを埋めるために、私がサポートできることは何?」といった質問を通じて、メンバーに考えさせ、成長を促す「相談」の場を作ることが重要です。
  • 進捗報告の効率化:
    各タスクの進捗状況を「赤・黄・青」の信号で可視化します。これにより、会議では問題のある「赤信号」の案件に議論を集中させ、コミュニケーションコストを大幅に削減できます。

Step3. 展開期(8ヶ月目):病院全体の変革へとつなげる

8ヶ月目には、活動の集大成として「成果発表会」を開催します。これは単なる報告会ではありません。看護部の取り組みを「病院全体の課題」として認識させ、経営層や他職種を本格的に巻き込んでいくための、最も重要なイベントです。

発表会では、「頑張りました」といった情緒的な報告ではなく、「残業時間が〇〇時間削減された」といった客観的なデータで成果を示すことが重要です。この発表会が、看護部から始まる病院全体の変革のうねりを生み出すきっかけとなるのです。

成功事例に学ぶ、業務改善がもたらす変革

本記で解説したアプローチは、実際に多くの病院で導入され、目覚ましい成果を上げています。

  • 一般財団法人住友病院様
    業務プロセスの見直しにより、煩雑だった配薬業務を34.5%削減しました。さらに、業務中断が減ったことで、インシデント件数も77.8%削減され、医療安全の向上にも大きく貢献しました。
  • 医療法人鉄蕉会亀田総合病院様
    全師長が参加する会議の運営を効率化し、会議時間を71%も短縮しました。これにより捻出された時間で現場との対話を増やし、方針展開に基づく病棟改革を推進した結果、前残業を64%、後残業を15%削減することに成功しました。
  • 社会医療法人栄公会佐野記念病院様
    次世代リーダー育成と業務効率化を同時に実現しました。申し送り事項の標準化などを徹底し、緊急患者搬送時の病棟引継ぎ時間を60%削減するなど、管理職がマネジメントに集中できる環境を整えました。

これらの事例は、正しい手法で改善に取り組むことで、看護部が自らの手で職場環境を劇的に変え、患者ケアの質を高め、病院経営に貢献できることを示しています。

まとめ

本レポートでは、看護部の離職を防ぎ、師長が育つ組織を作るための、8ヶ月間の実践的な業務改善アプローチについて解説しました。最後に、重要なポイントを3点にまとめます。

  1. 看護部改革は最優先の経営課題である:
    看護部の改善は、コスト削減や増収に直結し、病院の未来を創造するための投資原資を生み出します。
  2. 失敗の原因は「仕組み」と「マネジメント」にある:
    改善がうまくいかないのは、現場の能力不足ではなく、アプローチの誤りです。正しい仕組みと病院全体のサポート体制の構築が成功の鍵です。
  3. 小さな成功体験の積み重ねが変革を生む:
    8ヶ月間の実践的なステップを通じて、現場に「やればできる」という自信と主体性を育むことが、継続的な改善文化を醸成します。

業務改善は、一度きりのイベントではありません。それは、環境変化に柔軟に対応できる「進化し続ける組織」 を創り上げるための継続的なプロセスです。このプロセスを通じて、理想的な好循環が生まれるのです。

この変革の道のりを実現するための第一歩として、本レポートが皆さまのお役に立てれば幸いです。

※1,2 弊社導入実績

本稿に関する詳しい情報は下記のサイトをご覧ください

本稿の監修者

兄井 利昌(あにい としまさ)
株式会社日本経営

業務プロセス改善コンサルティング部 部長
米国認定リーンコンサルタント

業務改善・働き方改革・医師人事制度構築などに精通。徹底した現場主義と、個々に寄り添うフレキシブルな対応力で、多くのファン顧客を抱える。総務省経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー。

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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