なぜ、いま看護部改革なのか。
年3,360万円の経営資源を生み出す病院改革

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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
多くの病院で賃上げや物価高、深刻な人手不足といった外部環境の急激な変化に直面し、経営はますます困難になっています 。従来の経営方針が通用しない中、病院が「地域から選ばれる」「働き手から選ばれる」存在であり続けるためには、抜本的な組織改革が不可欠です 。
しかしながら、壮大な経営計画を立てても、日々の業務に追われる現場の実行が伴わなければ、改革は理想論で終わってしまいます。
では、病院の経営改革はどこから実行するべきなのでしょうか。 その答えは「看護部」にあります。病院組織で最も大きな人員を抱える看護部が変わることで、病院経営・組織全体の変革が実現します。看護部は病院改革を主導できる力を持った組織なのです。
本レポートでは、年間3,360万円もの経営資源を生み出す「看護部から始まる病院改革」について、具体的なステップと成功のポイントを解説します。
病院経営を取り巻く厳しい環境と、改革の方向性
縮小市場で問われる「戦略と実行の徹底度」
現在の病院経営は、複数の深刻な課題に直面しています。
・社会情勢:止まらない賃上げと物価高騰
・労働市場:生産年齢人口の減少による、かつてない人材獲得競争
・政策環境:医師の働き方改革や地域医療構想への対応
・医療環境:高齢化による医療需要の質の変化と増大
これらの要因が重なり、病院職員の人員と労働時間は減少する一方です 。それにも拘らず、「医療サービスの質向上」と「収益向上」という、相反する要求に応えなければならない極めて難しい状況にあります 。
このような縮小市場において、他の病院との差別化を図る要素はどこにあるのでしょうか。
競合優位性を図るためには、立てた戦略を現場でいかに徹底して「実行」できるか、その一点に尽きます 。計画を実行に移し、成果を出す文化と仕組み、すなわち「戦略と実行の徹底度」こそが、これからの時代の病院経営における最大の差別優位性となるのです 。
改革の第一歩は「引き算の改善」から
改革というと、新たな収益源の確保といった「足し算」をイメージしがちです 。しかし、疲弊した現場に新たな業務を課してもうまく機能しないのが現状です。
私たちが提唱するのは、まず「引き算の改善」から始めることです 。これは、日々の業務に潜む「ムダ・ムラ・ムリ」を徹底的に排除し、組織を筋肉質にしていくアプローチです 。時間外労働の削減や不要な業務プロセスの見直しによって生まれた時間や人員の余力は、それ自体がコスト削減という経営的なインパクトとなります 。
この「引き算の改善」によって現場に余力が生まれて初めて、患者価値の向上や収益向上といった「足し算の改善」に効果的に取り組むことができるのです 。この順番が、持続可能な改革を実現する上で極めて重要です 。
なぜ「看護部」から改革を始めるべきなのか?
病院最大の組織が持つインパクトとポテンシャル
病院改革のスタート地点として、なぜ看護部が最適なのでしょうか 。その理由は、看護部が持つ圧倒的な組織規模と特性にあります。
- 最大のマンパワー: 看護部は、病院組織の中で最も人員比率が高い部門です 。看護職員一人ひと りの小さな変化が、組織全体として大きなインパクトを生み出す可能性を秘めています 。
- 患者との最大の接点: 看護師は、職員の中で最も長く患者さんのそばにいる存在です 。現場で起きていることや患者さんが本当に求めていることを最も深く理解しています 。
この看護部が変わることで、医療の質、そして経営の質そのものを大きく変えることができるのです 。
1人1日10分の改善が「年3,360万円」を生み出す
「看護部改革」は、日々の小さな改善の積み重ねから始まります 。
例えば、看護職員1人が1日の残業をわずか10分短縮する改善を考えてみましょう 。
この「10分」という時間は、決して不可能な数字ではありません 。物品の置き場所が整理されておらず、病室とナースステーションを2~3回往復するだけで、簡単に10分は経過してしまいます 。
この「1日10分」の改善を、200人の看護職員がいる病院で実現できたと仮定します。看護師の時給単価は2,800円で計算します。
- 看護職員1日10分残業減の条件:年間60時間:10分/日 5時間/月
※1日あたり、10分短縮。1か月を30日と想定した場合 - 病院全体での年間削減時間: 60時間/年間 × 200人 = 12,000時間※1
- 年間の削減効果: 12,000時間 × 2,800円/職員時給 時間 = 33,600,000円※2
このように、個々にとってはわずかな改善でも、組織全体で見れば年間3,360万円という莫大な経営資源の創出につながるのです 。
この創出された12,000時間という時間は、常勤職員約6人分に相当します 。新たに6人を採用することは、いかに困難で、コストがかかるかご認識いただいているかと思います。
- 看護職員6人の採用コスト:5,000,000円×手数料25%×6人分=7,500,000円
人を増やすのではなく、今いる人材で余力を生み出し、その余力を改善活動の推進、DX化、教育など、未来への投資に戦略的に再配置する 。これこそが、人が増えない時代における賢明な病院経営のあり方です 。
「指示待ち」から「経営のパートナー」へ
この改革を成功させるためには、看護師自身の意識と役割の変革も不可欠です。これまでの「医師の指示を受けて動く」という姿勢だけでなく、自ら課題を発見し、考え、行動する主体性が求められます 。
そして、医療の専門家であると同時に、「医師や事務部門と共に病院を支える経営のパートナー」という視点を持つことが重要です 。看護部が経営視点を持つことで、現場の実情に即した質の高い改善が生まれ、それが医療の質と病院経営の質の向上に直結していくのです 。
部門間の対立とその乗り越え方
事務部門と看護部門の対話はなぜ噛み合わないのか
多くの病院で、改革を進めようとすると部門間の対立が壁として立ちはだかります 。特に、事務部門と看護部門の間では、以下のような認識のズレが生じがちです 。
- 事務部門の視点:
◦「看護部から『しんどい』『人が足りない』という情緒的な意見は出るが、具体的なデータがないため、何をどのようにサポートすれば良いか分からない」
◦「人員配置基準のデータ上は充足しているように見えるのに、なぜ現場は『足りない』と言うのか理解できない」
◦「まずは離職者を減らし、業務を標準化してほしい」 - 看護部門の視点: ◦「医師の指示が遅い、他部門のミスをカバーしているなど、看護部だけでは解決できない問題が多い」 ◦「データ化する時間すらないほど、日々の業務に追われている」 ◦「そもそも改善すべきは、看護部よりも他職種の業務ではないか」
乗り越える鍵は「共通言語」と「共通理解」
この部門間の意識の相違を乗り越える第一歩は、お互いの状況を正しく理解し、共通言語で対話することです。具体的には以下のアプローチが有効です。
- 定性的な問題を定量的な問題へ:看護部が感じる「忙しさ」や「しんどさ」を、具体的な時間や回数、金額といった「数字」に変換することが不可欠です 。これにより、客観的な事実に基づいた建設的な対話が可能になります 。
- 現地現物での相互理解:事務部門の担当者が病棟で一定時間看護師の業務を観察する「ラウンド」を行うことで、データだけでは分からない業務の複雑さを肌で感じることができます。そうすることで現場への共感が生まれ、サポートの質も向上します。
看護部だけの問題ではないことも多いですが、何もしなければ状況は悪化する一方です。病院全体を動かす変革のきっかけとして、まずは最大の組織である看護部から一歩を踏み出すことが、最も現実的で効果的なのです。
成功に導く改善活動の具体的なステップと手法
8ヶ月で成果を出すロードマップ
私たちは、約8ヶ月間のサイクルで成果を出す改善活動スケジュールを推奨しています 。
- 1ヶ月目:準備期間(現状把握と合意形成)
◦ 現場観察(現地現物)を通じて、課題を洗い出します 。 ◦ 改善の目的やビジョンを明確にし、関係者間での合意形成を図ります 。 ◦ 改善を推進するためのチーム体制を構築します 。 - 2~4ヶ月目:改善活動 第1サイクル
◦ 一つのテーマに絞り、3ヶ月間集中して改善に取り組みます 。 ◦ 2週間に1回の頻度で進捗を確認し、PDCAを高速で回していきます 。 - 5~7ヶ月目:改善活動 第2サイクル
◦ 第1サイクルで出てきた課題を踏まえ、報告体制などを見直した上で、次のテーマに取り組みます 。 - 8ヶ月目:成果発表会
◦ これまでの成果を病院全体に発表し、成功体験を共有します 。経営者や関心のある医師にも参加を促し、改善活動を病院全体に波及させるきっかけとします 。
「患者価値」を起点に課題を発見する
改善活動の目的は、「患者価値」を最大化することにあります 。患者価値とは、「患者さんが価値を感じる時間や行為」のことを指します 。
例えば、外来患者さんが受付から会計まで96分滞在し、そのうち価値を感じる時間(診察など)が38分しかなかった場合、残りの58分は患者さんにとって価値のない時間、すなわち「ムダ」な時間となります 。
この「ムダ」を徹底的に削減し、患者さんが価値を体験する時間を最大化することが、改善活動の本来の目的です 。この視点を持つことで、部門間の利害を超えて「患者さんのために」という共通の目標に向かって組織が一つになれます 。
医療現場に潜む「8つのムダ」
「患者価値」の視点から現場を観察すると、さまざまな「ムダ」が浮かび上がってきます 。
- 作りすぎのムダ: 過剰な記録、回しきれないプロジェクト
- 待ちのムダ:指示待ち、検査結果待ち、電話待ち
- 運搬のムダ:物品の不要な移動
- 加工のムダ:過剰なチェック、部署ごとに異なるルール
- 在庫のムダ:過剰な備品、整理されていない物品
- 動作のムダ:探す、戻るなどの不要な動き
- 不良・手直しのムダ: オーダーミス、伝達ミスとその修正
- スキル・役割のムダ:看護師でなくてもできる業務(物品補充など)
これらのムダを、現場観察ツールを用いて定量的に可視化し、チームで共有することが改善の第一歩となります 。
成功の鍵を握る「実行」のマネジメント
計画を成功に導くためのマネジメント手法を3つ紹介します。
- 経営層の全面的な関与と現場観察の重要性
改善活動は現場任せでは成功しません 。経営層が「これは病院全体の問題である」という強いメッセージを発信し、全面的にバックアップする姿勢が不可欠です 。具体的には、改善活動のための時間確保や、経営幹部自らの現場ラウンドなどが有効です 。何よりも大切なのは、現場を見て状況を把握することです。 - 周囲の巻き込み方:3:4:3の法則
新しい取り組みでは、組織の反応は「賛同者(3割)」「様子見(4割)」「反対者(3割)」に分かれます 。最初から全員を説得しようとせず、まずは意欲的な3割の賛同者とスモールスタートを切り、目に見える成功事例を作ることが重要です 。その成功を見て、4割の様子見層を巻き込んでいくのです 。 - 高い実行力で周囲を巻き込む看護師長の育て方とPDCAの活用
PDCAを機能させるためには、実行力を高めることが重要です。具体的なツールを活用してコミュニケーションの時間短縮や改善活動の進捗管理を進めていくことも可能です。
◦ 日常管理ツール(赤・黄・青信号管理): プロジェクトの進捗を「順調(青)」「懸念あり(黄)」「遅延・問題発生(赤)」の3色で可視化し、報告コストを大幅に削減します 。 ◦ 人材育成ツール(ディベロップメントコーチング): 上司が答えを与えるのではなく、「1. 問題は何か?」「2. 現状はどうか?」といった5つの質問の型に沿って対話し、部下の自律的な問題解決能力を育てます 。
「改善」が続く病院と、続かない病院の違い
では、「改善」が続く病院と、途中で続かなくなってしまう病院の違いはどこにあるのでしょうか。それは、改善活動を組織の文化として根付かせる「仕組み」があるかどうかです。このような変革を成功に導くリーンコンサルティングは、経営と現場の双方にとって大きな価値をもたらします。
- 経営にとっては「投資対効果の高い支援」
- 看護部にとっては「ようやく現場が動く希望」
具体的には、以下の5つの価値を創出します。
1.経営資源の創出
【経営・事務部門】 ムダな業務を削減し、創出された人材・時間を戦略的な分野に再配置できます。
【看護部】 業務負担が軽減され、本来の看護に専念できる時間が確保されます。
2.推進力の強化
【経営・事務部門】 内部だけでは動かせなかった現場が、第三者の伴走によって実行フェーズに入ります。
【看護部】 「どうせ続かない」と諦めていた改善に、外部の力を借りて再チャレンジできます。
3.持続可能な改善体制
【経営・事務部門】 改善が一時的で終わらず、PDCAを回し続ける「仕組み」が組織に定着します。
【看護部】 改善活動が看護部の文化として根付き、自律的に継続できるようになります。
4.人材育成
【経営・事務部門】 多職種が経営視点を持つことで、現場力と経営感度の高い人材が育ちます。
【看護部】 主任・師長クラスが改善を主導する経験を通じて、組織を動かす力がつきます。
5.判断の裏付け
【経営・事務部門】 感覚ではなく、データと構造的な分析に基づいた的確な経営判断が可能になります。
【看護部】 現場の感覚が数字やロジックで裏付けられることで、他部門からの理解や評価を得やすくなります。
これまで述べてきた手法は、実際に多くの病院で大きな成果を上げています。
- 医療法人鉄蕉会 亀田総合病院様: 看護部全体の改革で、会議時間を71%短縮、残業時間も大幅に削減し、病床稼働率5%向上に貢献しました 。
- 一般財団法人 住友病院様: 業務プロセスの見直しで、配薬業務を34.5%削減しただけでなく、インシデント件数を77.8%も削減することに成功しました 。
これらの事例が示すように、正しいステップと手法で改革に取り組めば、経営改善と組織改善を同時に実現することは十分に可能なのです 。
まとめ
看護部から始まる病院改革は、人が増えない時代を乗り越え、持続可能な経営を実現するための極めて有効な処方箋です。
「1日10分の改善」が「年間3,360万円」の経営資源を生み出すという事実は、看護部が持つポテンシャルの大きさを物語っています。重要なのは、そのポテンシャルを最大限に引き出すための、正しい知識、スキル、そしてツールを組織全体で共有し、実践することです 。
変化には痛みを伴いますが、今行動を起こさなければ、1年後にはさらに状況が深刻になっているかもしれません 。本レポートが、皆様の病院で未来を切り拓くための一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
※1,2 当社導入実績
本稿に関する詳しい情報は下記のサイトをご覧ください
本稿の監修者
兄井 利昌(あにい としまさ)
株式会社日本経営
業務プロセス改善コンサルティング部 部長
米国認定リーンコンサルタント
これまで100床〜300床規模の病院の人事制度改革に携わる。人事制度を単なる管理のツールではなく、組織が期待する職員を引き上げ、更なる貢献を引き出す仕組みとするコンサルティングを行っている。また、研修など職員教育の領域では、それぞれの組織に合わせた研修を設計し、再現性と実効性を重視した研修を行っている。
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