2年経っても海外人材が夜勤に入れない?
海外人材が夜勤に入れる現場に変える~育成と仕組みのアップデート~

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業種
介護福祉施設
- 種別 レポート
多くの医療機関や介護施設において、海外人材は今や欠かせない存在です。しかしながら、「2年、3年と経験を積んでも、なかなか夜勤を任せられない」というお悩みを、多くの経営者や管理職の皆さまからお伺いします。「日本語での記録や緊急時の対応が不安」「何かあってからでは遅い」といった現場の声に、有効な打ち手を見出せずにいるのではないでしょうか。
一方で、海外人材は、キャリアアップをする方法を知りたいと強く望んでおり、本人は教育を受け、夜勤を任されたいという前向きな気持ちを抱いていることが多いです。実際、介護分野の海外人材の76.7%が、夜勤や休日出勤を希望しているというデータもあります。(※1)任せられないという受け入れ側と、任されたいと願う海外人材。このギャップは、どこから生まれるのでしょうか。
本レポートでは、このような課題を「個人の能力」の問題として片付けるのではなく、「組織の仕組み」と「教育のあり方」という観点から構造的に捉え直します。そのうえで、海外人材が夜勤に入れない本当の要因を分析し、彼らが安心して夜勤業務を担える現場へと変革していくための具体的な方策をご提案します。この取り組みは、単なる人手不足の解消に留まらず、組織全体の教育体制を見直し、サービス品質を向上させる絶好の機会となるはずです。
1. 海外人材が夜勤に入れない、現場の「なぜ?」を構造的に分析する
「海外人材が夜勤に入れない」。この課題の背景には、現場から様々な理由が聞こえてきます。しかし、その要因は本人の能力だけでなく、組織の持つ構造的な問題に根差していることが少なくありません。
現場から聞こえる懸念の声
皆さまの職場でも、以下のような声が聞かれるのではないでしょうか。
◎ 言語の壁
「日本語でのコミュニケーションがまだ不十分」「詳細な記録が書けない」
◎ 緊急時の対応能力
「救急対応や家族への連絡が難しい」「何かあった時にどうするのか」
◎ 業務体制の問題
「夜間はスタッフの人数が少ないため、指導やフォローが難しい」「一緒に入る日本人スタッフの負担が大きい」
◎ サービスの質への懸念
「患者様や利用者様が不安に感じるのではないか」「うちの施設は特殊だから」
これらの懸念とは裏腹に、海外人材自身の意欲は非常に高いことがデータで示されています。彼らの多くは、収入面だけでなく、自身の成長や組織への貢献のために、夜勤業務を強く希望しているのです。
意欲と現実のギャップを生むもの
では、現場と海外人材の認識の相違はどこにあるのでしょうか。海外人材が職場で最も必要としているのは「キャリアアップの方法が知りたい」「もっと仕事のトレーニングがしたい」という点です。これは、自身の専門性を高め、組織内で成長していきたいという強い意志の表れです。
もし、組織として明確な成長の道筋や十分な学習機会を提供できていないとすれば、それがモチベーションの低下を招き、結果として「夜勤を任せられるレベルに到達しない」という事態を引き起こしているのかもしれません。
「業務者」を育てる教育の限界
夜勤に必要なスキルが獲得できない背景は、日々の教育方法にも潜んでいます。多くの現場では、多忙さも相まって、教育が「やり方を見て、真似る」「指示通りに行う」というスタイルに陥りがちです。
この教育方法では、応用力や判断力が求められる夜勤業務を担う「専門職」を育てることは困難です。なぜなら、思考の起点が常に「指導者」にあるため、利用者様の状態を自ら観察・アセスメントし、判断するというプロセスが育たないからです。このような教育が続くと、スタッフは指示された業務をこなす「勤務」はできても、自身の役割と責任を果たす「任務」を遂行することができません。夜勤という、少ない人数で多岐にわたる状況判断が求められる環境では、この「任務を遂行する能力」こそが不可欠なのです。
2. 課題解決の第一歩、「夜勤の境界線」を見える化する方法
「夜勤を任せられない」という漠然とした不安の正体は、一体何なのでしょうか。机上で業務リストを眺めているだけではその答えは見えてきません。解決への第一歩は、課題を具体的に「見える化」することです。
そのための最も有効な方法は、「まず、夜勤に入ってみる」ことです。もちろん、いきなり一人で任せるわけではありません。指導者が付き添うなど、万全のサポート体制(+1体制)を整えた上で、実際に夜勤業務を経験してもらうのです。
この試みによって、「なんとなく任せられない」という漠然とした不安が、「何が」「どのように」できなかったのか、という具体的な事実として可視化されます。例えば、「急変時の第一報はできたが、その後の状況説明がしどろもどろになった」「複数のナースコールが重なった際に、優先順位の判断に迷った」などの課題が明確になります。
これが、乗り越えるべき「夜勤の境界線」です。この境界線が明らかになることで、初めて的確な教育計画を立てることが可能になります。
3. 緊急時も安心、業務の分解と「仕組み」で乗り越える具体策
夜勤の境界線が見えたら、次はその課題を「本人の努力」だけに頼るのではなく、「仕組みで補う」という発想で解決策を考えます。個人の能力向上には時間がかかりますが、仕組みを改善すれば、迅速かつ効果的に現場の安全性を高めることができます。
できること・できないことを仕組みで補う
課題の要因を「特性要因図(フィッシュボーン分析)」などで分析し、明らかになった課題に対して、具体的な対策を講じます。
■ 業務の問題
服薬業務 | 法律上できない業務は、他のスタッフとのタスクシフトや、医師と連携した服薬時間の調整で対応します。 |
高度な認知症ケア | 特に難しいケースは、フロアや部屋割を調整し、対応の難易度をコントロールします。 |
■ 日本語能力の問題
読み書き | 翻訳機の活用や重要な指示書への「ひらがな」併記などで、情報伝達の正確性を担保します。 |
会話 | 指導者側が主語・述語を明確にした短い文章で話すだけでも、コミュニケーションは大幅に改善します。 |
救急対応は外部サービス活用も有効
最もハードルが高いとされる「救急対応」も、業務を分解して仕組みを導入することで、海外人材が担える範囲を広げることが可能です。特に判断が難しい部分を「オンコール代行サービス」のような外部サービスで補うという選択肢があります。
夜間の急変発生時、現場のスタッフはまず代行サービスの専門家(看護師や医師)に連絡します。
● 的確な判断支援
専門家の指示を受けながら対応するため、現場の負担と不安が大幅に軽減され、「不要な救急搬送」を防ぐ効果も期待できます。
● 情報連携の円滑化
救急隊や家族への連絡も、事前に整理されたスクリプト(台本)を用意しておくことで、慌てずに対応できます。
● 記録業務の効率化
対応記録は代行サービス側で作成されるため、現場スタッフは利用者様のケアに集中できます。
このように、全ての業務を一人で完璧にこなすことを求めるのではなく、ツールや外部サービスといった「仕組み」を効果的に活用することで、安全性を担保しながら夜勤独り立ちを支援できるのです。
4. スタッフを専門職へ育てる、「根拠を伝える」教育への転換
仕組みのアップデートと同時に進めるべきなのが、教育そのものの見直しです。これまでと同じ教え方を続けていては、人は育ちません。ここでは、海外人材を「業務者」から「専門職」へと成長させるための教育の転換点について解説します。
「真似させる」から「根拠を伝える」へ
従来の「見て真似る」教育から脱却し、学習者自身に「考えさせる」プロセスを組み込むことが不可欠です。例えば、ただ「お茶からお願いします」と指示するのではなく、「Aさんの食事介助で考えられるリスクは何ですか?」「そのリスクを避けるためにはどうしますか?」といった問いかけをしてみましょう。
このような関わり方は、学習者の観察眼を養い、思考を促します。そして、自分の考えを「話す」「書く」という言語化の訓練を通じて、知識が定着していきます。利用者様の状態という「事実」を起点に、なぜそのケアが必要なのかという「根拠」を考え、実践して振り返る。このサイクルこそが、自律的に判断・行動できる「専門職」への成長を促す鍵となります。
指導のあり方を問い直す
効果的な教育を行うには、指導者自身の意識改革も求められます。「成人学習理論」では、学習者は目的を理解することで主体的に学ぶとされています。キャリアアップという明確な目的を持つ海外人材は、学習意欲が非常に高いのです。だからこそ、指導者が役割を果たすこと、指導体制が非常に重要となります。指導者が持つべき視点は、「どうすれば学習者が目標を達成できるか」という学習者を中心としたものでなければなりません。指導者の役割は、経験を一方的に伝えることではなく、学習者が自ら学び、成長していくための環境をデザインし、伴走することなのです。
キャリアパスとKPIで成長を後押しする
指導者のあり方を見直し、教育方法を転換するためには、組織として「キャリアパス」と「育成KPI(重要業績評価指標(ここでは目標を達成するための評価指標と捉える))」を策定し、具体的な指針を示す必要があります。
● キャリアパスの明示
在留資格の段階ごとに習得すべきスキルと、将来のキャリア像を「見える化」し、学習者のモチベーションを高めます。
● 育成KPIの設定
「いつまでに」「何ができるようになるか」を具体的な目標として設定し、教育計画を客観的かつ戦略的なものにします。
これらのツールに基づき、「学習計画書」を作成・運用することで、教育は場当たり的なOJTから、戦略的な人材育成へと進化します。
5. 海外人材の夜勤問題解決が、組織全体の成長につながる理由
ここまで述べてきたように、海外人材の夜勤問題を解決するプロセスは、単なる人手不足の解消に留まらず、組織にとって大きな変革の機会をもたらします。
教育のあり方を問い直すことで、理想と現実のギャップが明らかになり、教育の目標が明確になります。そして、教育が変われば、スタッフ一人ひとりが根拠を持ってケアを実践できるようになり、現場はより安全で質の高いサービスを提供できる組織へと成長します。
夜勤が変われば、組織が変わります。海外人材が安定的に夜勤を担えるようになれば、管理者やベテランスタッフが夜勤シフトから解放され、日中の人材育成や組織マネジメントに注力できるようになります。これにより、採用・育成・定着・戦力化という好循環が生まれ、組織全体の力が底上げされるのです。
「人が足りないから海外人材を」という発想から一歩進み、海外人材の受け入れを機に、組織全体の教育体制と働き方を見直す。その先にこそ、持続可能な事業運営の道が拓けているのです。
6. まとめ
本レポートでは、「海外人材がなぜ2年経っても夜勤に入れないのか」という問いに対し、その原因が個人の能力だけでなく、組織の仕組みや教育のあり方に根差していることを明らかにし、その具体的な解決策を提案しました。
課題を構造的に捉え、現実的な境界線を見える化し、仕組みと教育の両輪で改善に取り組む。このアプローチは、海外人材育成に限らず、組織が抱えるあらゆる人材課題に応用できる普遍的なものです。
貴施設が抱える課題について、より深く、具体的にご相談されたい場合は、ぜひ一度お声がけください。現状分析から戦略立案、現場への実行支援まで、私たちが伴走し、海外人材が真に活躍できる職場づくりを全力でサポートします。
【参考資料】
※1, 厚生労働省「外国人介護人材受入れに関する現状と課題」(令和6年2月)より作成 ※推計値を含む
https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/001240343.pdf
※2, 参考資料:厚生労働省資料、一般社団法人シルバーサービス振興会2019アンケート調査をもとに作成
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本稿の監修者
郷 美由季(ごう みゆき)
株式会社日本経営 介護福祉コンサルティング部
看護師として医療・介護現場や講師を経験。その後、事業会社にて介護職向け教育商材の教務企画や、海外人材事業の立ち上げを担い、日本経営に入社。医療・介護業界における人材の採用・育成・定着の促進や、海外人材の導入支援を専門とする。
株式会社日本経営
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