戦略を実現する病院の組織づくり:経営のパラダイムシフト―生産年齢人口減少時代の生き残りをかけた人事マネジメント変革―
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
株式会社日本経営/組織人事コンサルタント
「仕組みで縛るのではなく、人が活きる組織を創る」――。
私たちが掲げるこの使命(詳細は第1回:私たちが大切にする3つの信念)を具現化するための実践編をお届けします。 今回のテーマは、病院経営のパラダイムシフトです。地域医療構想や労働人口減少といった構造的危機を突破するために必要な組織デザインと、戦略的人事マネジメントのあり方について、コンサルタントの視点から紐解きます。
日本の病院経営は今、「地域医療構想」「医師の働き方改革」「生産年齢人口の激減」という、相互に絡み合った三位一体の構造的危機に直面しています。多くの現場でDXの導入や職場環境の改善が進められていますが、現場の疲弊は根深く、経営戦略が思うように浸透しないという課題を抱える経営者は少なくありません。
なぜ、戦略は実行されないのか。その背景には、戦略と組織デザインの乖離があります。高度専門職集団である病院を動かすには、構造、業務、人材など6つの要素を戦略に合わせて同期させる「組織デザイン」が不可欠です。本レポートでは、山積する課題を統合的に解決し、病院を「選ばれる場所」へと変革するための鍵となる、人事制度の真の役割と戦略的マネジメントの手法を詳説します。
複合課題を突破する「組織デザインの基礎」となる6つの要素
高度専門職集団である病院を動かすためには、「構造」「業務」「人材」「情報」「意思決定」「報酬」の6つの要素を、戦略に合わせて同期させる必要があります。
1.構造(Structure):チーム制への転換で連携を最適化する
地域医療構想における自院の役割(例:地域完結型医療のハブ)を果たすためには、診療科ごとの縦割りを超えた組織構造が必要です。
- 戦略的アプローチ:職種縦割りのヒエラルキー組織から、多職種によるチーム制の組織にシフトしていく必要があります。医師の指示のもとにそれぞれが動くのではなく、看護師やコメディカル職が専門性をもって医師に提案し、医師が最終決定を行うという体制を構築します。
2.業務(Operations):DXで「コア業務への特化」が進む
医師の働き方改革の本質は、単なる時間短縮ではなく「コア業務への特化」にあります。医師がその高度な専門性に専念できる環境の整備こそが、医療の質の向上と労働時間の削減を両立させる唯一の道です。
- 変革の視点:医師は「すべての医療行為を行う人」から「意思決定と高度技術に特化する人」へシフトする必要があります。多職種の業務もコア業務に絞り込み、質と労働生産性を高めることで、患者数と単価が増え、売上も上がることから人件費アップの原資にもなります。
3.人材(Human Resources):自律型スタッフを内部で育成する
労働人口が減る中で、最大の経営課題は「人材の確保」です。
- 戦略的アプローチ:単なる欠員補充の採用ではなく、自院の戦略に必要な「特定看護師」や「マネジメント層」を内部で育成する仕組みを構築します。働きがい(エンゲージメント)を可視化し、離職を未然に防ぐ体制を整えます。
4.情報(Information):共感を生む情報共有へのアプローチ
早期の離職を防ぐには、「この病院で働く意味」を情報として共有する必要があります。
- 戦略的アプローチ:経営数値や診療実績だけでなく、自院が地域で果たしている貢献を可視化。自分の仕事が何につながっているかを現場スタッフに伝えることで、やりがいを高め、現場スタッフのロイヤリティ(帰属意識)を醸成します。
5.意思決定(Decision Making):現場主導の改善が進む仕組み
変化の激しい現代、院長一人に意思決定が集中する構造にはリスクが伴います。
- 戦略的アプローチ:現場のリーダー(看護部長、事務長、診療科長)へ権限を委譲します。現場の判断で改善が回ることで、医師の負担軽減とスタッフの自己効力感向上を同時に実現します。
6.報酬(Rewards):成長機会をつくるトータル・リワード
金銭的報酬だけでなく、「働きやすさ」や「成長機会」を含めた「トータル・リワード(総合的な報い)」の設計が不可欠です。
- 戦略的アプローチ:地域医療への貢献や、働き方改革への協力姿勢を正当に評価し、インセンティブ(昇進、学習機会、称賛)として還元する仕組みを導入します。
6要素を貫く一貫性と、統合デザインへのアプローチ
これら6つの要素は、個別に改善しても効果は限定的です。重要なのは、「人材確保を軸とした統合デザイン」です。
人材不足を解消する組織デザインの連動例
例えば、「若手医師や看護師に選ばれる病院」という戦略を立てた場合、以下のように要素を連動させます。
- 意思決定×構造:若手が診療方針の決定に参画できるチーム制(構造・意思決定)を導入する。
- 業務×情報:徹底的なタスク・シフト(業務)を行い、その成果(残業削減や症例数アップ)をデータで可視化(情報)する。
- 人材×報酬:資格取得支援(人材育成)と、取得後の手当や責任あるポストへの登用(報酬)をセットにする。
このように、「働き方改革への対応」が、結果として「人材の確保」につながり、それが「地域医療構想における機能維持」を支えるという正のスパイラルを生み出すこと。これこそが、山積みとなった課題を一括で解決する統合的な組織デザインの力です。
人事制度は「戦略実現」のためのマネジメントツール
人事制度は「給与計算の根拠」や「年功序列の査定」として使うものではありません。時間をかけて評価を行うわけですから、その取り組みがビジョンや戦略の実現につながるように設計し、運用していくことが重要です。
1.人事制度は「戦略の設計図」である
人事制度における評価項目や昇進基準こそが、病院が職員に対して発する「最も重要なメッセージ」です。戦略が「地域連携の強化」であるならば、紹介患者を獲得したスタッフや、連携先と信頼を築いたスタッフが最も高く評価される制度になっていなければなりません。人事制度がない、あるいは戦略とズレている状態は、ブレーキを踏みながらアクセルを全開にしているようなものです。
2.戦略実行を担保する唯一の手段
地域医療構想、働き方改革、そして人材の確保。これらすべての難題を解決する唯一の共通解は、「職員の行動を変えること」です。そして、人の行動を、個人の能力や精神論に頼らず、組織として一定の方向(戦略の方向)へ導くための仕組みこそが人事制度なのです。
3.経営者の覚悟を仕組みに変える
人事制度の見直しは、経営者が「この病院を、選ばれる場所に作り変える」という覚悟を形にするプロセスです。それは評価や処遇を決めるためのものではなく、「戦略の実現に向けて組織を動かすためのマネジメントツール」なのです。
今、貴院が抱えている「人材が来ない」「若手が辞める」「地域での役割に迷いがある」という悩み。これらは、組織デザインを再定義し、人事制度の見直しを行うことで、解決への道筋を切り拓くことが可能です。
病院の未来を創るのは、戦略に共感し、自律的に動く「人」であり、その人を活かす「組織の仕組み」です。今こそ、人事制度をマネジメントの核に据えた組織変革に着手しましょう。
「人」が活きる「仕組み」を創れば、戦略は加速する。
理念を「勝ち抜く力」へと変える戦略的デザイン。
本稿の監修者
馬渡 美智(まわたり みさと)
株式会社日本経営 組織人事コンサルタント
従業員数500名規模の事業所で、総務・人事業務に従事した後、日本経営入社。労務管理体制の調査・整備業務、組織活性化支援、人事制度の導入・運用支援、管理職研修、職員研修等に従事している。自治体の医療人材の流出入に関する調査も実施。社会福祉協議会、各種団体等での講演やセミナーも多数行っている。社内においては、子育てをしながら経営コンサルタントとして働くモデル人材として活躍。社会保険労務士有資格者。
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