【介護事業所向け】管理職になりたくない職員が8割⁉管理職不足から脱却するキャリアパスの設計図

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業種
介護福祉施設
- 種別 レポート
介護事業所のみなさま、日々、人材確保や育成に頭を悩ませていませんか? 「人手不足で離職率が高く、職員が定着しない」「人材育成が重要だとわかっているが、何をすればいいかわからない」といった声をよく耳にします。
特に、将来の組織を支えるマネジメント層の育成は喫緊の課題です。みなさまの施設にも、現場の業務は素晴らしいのに、「管理職にはなりたくない」と昇進をためらう職員は居ないでしょうか?
実は、全産業を対象とした調査では、管理職になりたくない人は約8割に上ると言われています※1。 本レポートでは、なぜ管理職を目指す人が減っているのか、その根本的な原因を解き明かし、職員が意欲的にキャリアを築けるための具体的な人事制度の設計方法についてお伝えします。
介護業界の「今」を知る
まずは、私たちが直面している介護業界の現状を整理しましょう。
1. 需要は増えるのに、人材は減っている
介護を必要とする要介護者や要支援者の数は年々増加しており、この傾向は今後も続くと見られています。 一方、介護職員の数はわずかではありますが減少傾向に転じています。 需要と供給のバランスが崩れ、慢性的な人手不足に拍車がかかっているのが現状です※2。
2. 働く人の意識が変化している
国は、介護人材の確保を目指して、採用の裾野を広げ、外国人材や障がい者を含む多様な働き方に対応することを求めています。 しかし、考え方や常識の異なる多様な人材をまとめるためには、より強力なリーダー層の育成が不可欠となります。
3. 若手は「キャリア志向」だが、「見切り」も早い
「管理職になりたい」と考える人の割合は、20~30代の男性で約3割と比較的高い傾向にあります。 彼らが管理職を目指す理由は、「報酬が増える」といった金銭的な動機に加え、「自己成長」や「裁量の広さ」といった内発的な動機も挙げられます※3。
しかし、彼らは終身雇用を前提とせず、転職を視野に入れてキャリアを考える時代に生きています。 そのため、「この法人にいても将来性がないな」「成長できないな」と感じると、わずか2〜3年で見切りをつけて離職してしまう傾向が見られます。
あなたの法人に潜む2つの「落とし穴」
職員が「管理職になりたくない」と感じる背景には、人事制度や組織風土に潜む2つの「落とし穴」が関係しているかもしれません。
1. 「居ても無駄」の落とし穴:優しいけれど成長できない組織
心理的安全性を誤って解釈し、「とにかく優しく接する」「何を言っても肯定する」といった過剰な対応が広まっている組織があります。 このような環境では、職員は居心地の良さを感じる一方で、率直な意見交換や適切なフィードバックの機会が失われ、成長が鈍化します。 すると、キャリア志向の高い若手は「この法人に居ても成長できない」と感じて離職し、結果として中間管理職の負担が増大し、疲弊する悪循環に陥ります。 下位の職員は「自分もこうなるのか」と昇進への憧れを失ってしまうのです。
2. 「言っても無駄」の落とし穴:過去の成功体験に縛られた育成
「自分はこういう環境でも成長できた」という過去の成功体験を、部下にそのまま押し付けてしまうケースです。 職員は「自分の意見は聞いてもらえない」「何を言っても無駄だ」と感じ、より柔軟な意見が通りやすい法人へと流出してしまう可能性があります。
また、現場で素晴らしい成果を出している職員が、必ずしもマネジメントに向いているとは限りません。 いわゆる「ピーターの法則」です。 現場で有能な職員が昇進を重ねた結果、自身の能力を超えるマネジメント職に就き、成果を出せなくなるという状況です。
職員が意欲的にキャリアを築くための「設計図」
これらの落とし穴から脱却し、職員が自律的にキャリアを築き、次世代のリーダーが育つ組織を作るためには、人事制度を根本から見直す必要があります。
ステップ1:キャリアパスの設計
いきなりマネジメント業務を任せるのではなく、段階的なステップを設けることが重要です。
- 基本業務の遂行:
現場の基本的なケアを一人でこなせるようにする - チームの運営管理:
小規模なチームのシフト調整や、他職種との連携を経験する - 部署全体の管理・運営:
現場全体のマネジメントを担い、上層部の意図を現場に落とし込む
このように小さな成功体験を積み重ねられるようにすることで、昇進への心理的ハードルを下げることができます。
ステップ2:3つの人事制度を連動させる
キャリアパスの設計図を基に、「等級制度」「賃金制度」「評価制度」の3つの柱を連動させて構築します。
1.等級制度:役割を「見える化」する
- 役割の明確化:
各階層で期待する役割や働き方を明確に定義します。「この等級では何をするのか、原則として何をやらないのか」という線引きをはっきりと定めましょう - 複線型人事制度:
マネジメント職を目指す「キャリアルート」と、現場の専門性を高める「スペシャリストルート」など、複数の成長ルートを用意します。「現場のプレイヤーとして活躍したい」という職員の意欲を活かし、チームの質向上に貢献してもらうことも可能です。ただし、どちらかのルートに偏らないよう、ルール作りが不可欠です
2.賃金制度:頑張りに報いる
- 賃金カーブの変更:
年功序列型の賃金カーブを見直し、管理職層から「階差型」のカーブを導入します。 これにより、一般職との賃金に明確な差を設け、昇進の魅力を高められます - 手当の見直し:
扶養手当や住宅手当といった生活保障的な手当を減らし、その原資を役職手当や職務手当といった、業務内容に対する対価へと再分配する傾向があります。 どのような頑張りに報いたいのか、法人としてのメッセージを明確にしましょう
3.評価制度:公平に評価する
- 等級ごとの評価軸:
各階層で求める役割は異なるため、階層ごとに評価指標の重み付けを変えます。 例えば、管理職には「目標達成度」の評価を重視し、一般職には「職務遂行」の評価を重視するといった方法です - 評価結果の反映先:
評価結果が直接月給に反映されると、評価者が厳しい評価をためらい、「中心化傾向」に陥りやすくなります。 そのため、賞与や昇格・昇進に反映させるなど、納得感を高めつつハレーションを回避する仕組みを検討しましょう
人事制度構築の成功事例
実際に、後継者不足に悩んでいたある社会福祉法人では、以下の課題が見つかりました。
- 能力に見合っていない人が役職に就いている
- 「責任ばかり増えて給料が上がらない」という不満から、役職に就きたい職員がいない
- 年功序列型の賃金制度により、一般職の給与が主任を追い越す「賃金の逆転現象」が起こっている
- 頑張りが正しく評価されていないと感じている
私たちは、人事制度の構築・見直し、人事評価のクラウドサービス、人材採用支援など、組織・人事にこれらの課題を踏まえ、同法人では以下のコンセプトで人事制度を構築しました。
- キャリアパスの再構築:
一般職と主任の間に「副主任」や「サビマネ(サービス管理責任者)」を新たに配置し、段階的にステップアップできる仕組みを作る - 現場マスター制度の導入:
マネジメントを希望しない職員のために「現場マスター」という専門職のキャリアパスを新設し、多様な働き方に対応 - 賃金カーブの見直し:
主任層から階差型の賃金カーブを導入し、一般職との給与の逆転現象を解消 - 評価制度の刷新:
等級別に評価項目を設定し、それぞれの役割に応じた公平な評価を行うことで、職員のモチベーション向上を図る
この取り組みにより、職員一人ひとりが自身のキャリアを明確に描き、自律的に成長できる土台が整いました。
人材育成は一朝一夕で成し遂げられるものではありません。本レポートが、みなさまの法人が抱える課題を解決する一助となれば幸いです。
参考資料:
※1 JMAM 日本能率協会マネジメントセンター「「社員の管理職への昇進意欲は低いと感じる」約8割が回答 管理職候補への支援は6割が必要性を認識するも実施率は4割」
※2 厚生労働省「別紙 介護職員数の厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数 (都道府県別)」推移」
※3 公益財団法人介護労働安定センター「令和5年度介護労働実態調査 介護労働者の就業実態と就業意識調査 結果報告書」
私たちは介護事業所向けの人事制度の構築や見直しについてのご相談を承っております
ぜひ一度、お気軽にご連絡ください!
本稿の監修者

井田 雄喜(いだ ゆうき)
株式会社日本経営
介護福祉コンサルティング部
医療機関や介護・障害事業所のコンサルティング実績を有している。『「誰もがその人らしく暮らすことを選択できる」社会の実現に貢献する』をコンセプトに日本経営の介護福祉専門のコンサルティングチームに属している。
介護・障害事業については、キャリアパス構築、賃金制度構築、人事考課制度の構築、稼働率向上支援、経営分析に関するコンサルティングを得意としている。
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