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介護事業の売却方法とは?事業承継・M&Aする際の流れと注意点 

  • 業種 介護福祉施設
  • 種別 レポート

介護事業の売却方法とは?事業承継・M&Aする際の流れと注意点

株式会社日本経営/中川 稔大


「老人福祉・介護事業」の倒産件数の年次推移

参照「東京商工リサーチ コロナ禍と物価高で急増 「介護事業者」倒産は過去最多の143件、前年比1.7倍増~ 2022年「老人福祉・介護事業」の倒産状況 ~」

介護業界では、人材不足や建築費・光熱費の高騰などから経営環境が厳しくなる昨今、業界再編の波が多く押し寄せてきています。東京商工リサーチの調査によると、2022年の介護事業所の倒産件数は143件と過去最高となっています。

また、毎年100件近いM&A(売却・買収)が行われています。特に、大手介護事業者のM&A(売却・買収)も目立ってきており、これは、介護業界全体の市場が成熟したと判断し、経営の意思決定として限られた枠の中で、市場を抑えていくほうが合理的と判断したものではないかと考えます。

介護は地域に不可欠なサービスです。介護サービス自体を継続することが必要であり、第三者への承継も含めて事業の存続を検討してくことが重要となってきています。

そこで、この記事では、売却を検討されている方に向けて、介護事業の売却方法と売却をスムーズに進めるためのポイントや注意点について詳しく解説します。

まず初めに、売却方法とそれぞれのメリットをご紹介します。

介護事業を売却する2つの方法とそれぞれのメリット

事業承継・M&A(売却・買収)を進める手法はいくつか存在しますが、基本的な考え方は2つです。
1つ目は、法人格そのものを承継する方法、2つ目は、法人が運営する事業を承継する方法です。

①法人格を承継する方法

1つ目は、法人格を承継する方法です。株式会社であれば株式譲渡、医療法人であれば出資持分の譲渡と社員・理事の変更があります。

社会福祉法人であれば、評議員と理事の変更、などが該当します。事業承継・M&Aで一般的なスキームは、株式譲渡と言われるものであり、株式会社の議決権である株式に対価を付けて譲受側に売却します。

この方法によるメリットは、法人格は従来と変わらずそのまま継続するため、許認可などが継続され、行政への変更手続きが不要となることです。

デメリットとして、医療法人や社会福祉法人などはその性質から、法人格の承継には一定の制約があったり、手続きなどが煩雑になったりすることが挙げられます。

②法人が運営する介護事業を承継する方法

2つ目は、特定の事業だけを承継する方法です。この方法の代表的なスキームが事業譲渡となります。このスキームのメリットは、介護保険サービスごとに承継が可能となるため、社会福祉法人が運営するグループホームを株式会社が引き受けることができるなど、法人格が異なっても対応できる点です。一方で、介護保険サービスの事業譲渡は、手続き上、事業閉鎖と新規開設を同時に行うことになるため、行政との調整が必要で一定の時間を要するというデメリットもあります。

事業単位で承継するその他の方法として、会社分割というスキームもあります。会社分割は該当する事業のみを分割して新会社を設立し、分割した会社を承継するスキームです。このスキームは、事業譲渡の場合に必要となる許認可の変更を行う必要がなく、承継後もそのまま引き継がれるというメリットがありますが、医療法人や社会福祉法人などの法人格では使用できません。

法人の設立主体別で考える事業承継・第三者承継

次に、これらを法人の設立主体別に事業承継・M&Aの考えを整理していきます。

株式会社

株式会社で介護事業を運営している場合は、株式に対して対価を付けて譲渡する「株式譲渡」と、事業所単位で譲渡する「事業譲渡」という2つのスキームが一般的な手法として想定されます。株式譲渡の場合は、株主が変わるのみで運営事業者は変わらないため、許認可に関する行政とのやり取りは不要です。

一方、事業譲渡の場合は、介護保険サービス自体を一旦閉鎖し、新たに開設するという手続きが必要となるため、それぞれの介護保険事業所が存在する地域の行政機関との相談が必要となります。そのため、譲渡契約を締結したとしても実際に事業譲渡が完了するには、2~3ヶ月程度を要することが一般的です。

有限会社

2006年の会社法施行後、有限会社の新規開設はできなくなり、これまでの有限会社であった会社は、正式には「特例有限会社」として存続しています。この特例有限会社は、従来の「持分」が「株式」に変更され、株式会社と同じく、株主総会の決議によって株式の譲渡が可能です。そのため、株式会社と同じように考えることができます。

社会福祉法人

介護業界で多い社会福祉法人は、社会福祉法において、「社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人」と定義されています。そのために非営利性が強く求められる法人格であり、収益事業を除き原則として法人税等が免除された非課税事業者です。

社会福祉法人には、株式会社のような出資という考え方はなく、基本財産の寄付によって成り立っています。そのため、法人格を譲渡する場合は、評議員・理事の交代によって実質的に経営権を変更する方法が考えられます。その場合、対価を発生させることができないため、社会福祉法人を売却するということはできません。

社会福祉法人の事業譲渡については、社会福祉法で特段定めがないため譲渡することは可能ですが、公益性の観点から資金の法人外流出が認められないため、客観的に見積もった価値よりも低い金額で譲渡を行うことは認められていません。

医療法人

介護老人保健施設などの運営主体としてよくある医療法人は、「病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設すること」を目的として、医療法の規定に基づき設立される法人です。

医療法人には「財団法人」と「社団法人」がありますが、医療法人のほとんどが社団法人です。また、平成19年以降は、医療法人社団は持ち分(株式会社における株主の権利のようなもの)ありのものは設立できなくなりました。そのため、出資者自身が退社した時や法人自体が解散した場合、出資したお金を取り戻すことができません。

平成19年より前から存在していた持分ありの医療法人社団のみ、出資持分譲渡という形で、株式譲渡と同じように柔軟に対価を当事者間で決定して、第三者に売却することができます。それ以外の医療法人の場合は、持ち分に対して対価を支払うことができず、多くは理事に対する退職慰労金などの形で支払われる方法が一般的です。(社員が理事を兼任している場合に限る)

事業譲渡については、譲受側の法人格が、対象となる介護保険サービスを運営できる場合であれば全て可能です。

このように、介護事業は多種多様な設立主体があり、事業承継についてそれぞれ制約がありますので、随時専門家に相談しながら進めましょう。

介護事業承継・M&A(売却・買収)における秘密保持の視点

事業承継・M&Aに関する情報管理は大変重要です。事業承継に関する情報が、法人の職員や地域に漏れてしまうと、「身売りするらしい」「潰れるらしい」などと、事実と異なった噂に発展し、職員の離職などにつながってしまう可能性があります。そのため、事業承継・M&Aを検討する際は必要最低限の人のみで検討するとともに、譲受先を探す際にもまずは匿名情報として検討を進めることになります。

また、匿名情報であっても、その地域を知る人からすると、どこの法人かが推定されてしまう可能性があるため、公開する内容はすり合わせをしながら慎重に進める必要があります。

介護事業承継・M&Aにおける譲渡側(売却)の流れ

事業承継・M&Aにおける譲渡側の流れを大きく整理すると、以下のようになります。

譲渡条件の整理と案件概要書の作成

事業承継・M&Aを検討している場合は、まずアドバイザーと面談を行い、譲渡の条件などの細かな内容をすり合わせます。この際にはアドバイザーと秘密保持契約や業務提携契約書などを締結し、法人の経営情報が漏れないように慎重に進めることとなります。

法人の経営情報や譲渡側の希望条件などを整理し、ノンネームシートや法人概要書を作成します。ノンネームシートは個別の法人名がわからないように簡単に概要をまとめたもの(A4用紙1枚程度)であり、案件概要書は法人の財務状況や事業の詳細をまとめたものです。

ノンネームシートや案件概要書を譲渡先に段階的に開示しながら、譲受候補先を探すこととなります。

譲受候補先の検討と基本合意書の締結

案件概要書を通じて、譲受を検討する法人が見つかれば、承継の詳細な条件を明記した基本合意書の締結を目指します。譲渡側の希望を踏まえ、トップ面談やいくつかの質問(Q&A)を行いながら、条件のすり合わせを行い、双方合意する内容を基本合意書として作成します。

次のステップで行われる買収監査(デューデリジェンス)によって大きな問題がなければ、基本合意書で定めた条件にて最終契約書を締結することになります。基本合意の段階で、買い手側に独占交渉権の付与が行われ、他の候補者を探すことができなくなります。これは、買い手側が会計事務所や法律事務所などに依頼して、コストをかけてデューデリジェンスを実施したのにもかかわらず、別の買い手がついてしまうことを避けるために買い手が求めることが一般的です。

デューデリジェンスと最終契約の締結

基本合意書が締結され、独占交渉権が付与されると買収監査(デューデリジェンス)に移ります。デューデリジェンスは、法務、財務・税務、事業の3つの観点から実施され、それぞれの専門家が業承継上のリスクがないかを調査します。デューデリジェンスで求められる資料は膨大であり、譲渡側にとって負担が最も多くなります。

最終契約書の締結においては、ほとんどの場合、買収監査を通じて発見された問題点に関して、譲渡の実行までの期間で対応する条件が設定されることとなります。たとえば、法人名義で契約しているが実質的に売主個人が利用している資産(売主が利用している車など)などの整理、本来締結しなければならない労使契約などの締結などが該当します。これらの前提条件や、最終価格を双方で調整した上で、最終契約書を締結します。

クロージング条件の充足と対価の授受

最終契約書の締結からクロージングと言われる譲渡の実行までは一定の期間を空けることが一般的です。介護事業の場合、許認可の変更などを伴うことも多いため、1ヶ月~3ヶ月程度の期間を空けて、クロージング日を設定します。この期間で、前述した前提条件の実行や行政との対応を行い、クロージングが行われ、譲渡対価の支払いが行われます。

承継のスキームによって若干の違いはあるものの、概ね前述した流れで事業承継・M&Aが行われることになります。

事業承継・M&A(売却・買収)する際の相談先

事業承継・M&A(売却・買収)を相談する際には、その道の専門家に依頼をすることをお勧めします。仮に当事者間で事業承継の合意が進められそうであったとしても、細かな論点や最終譲渡価格の決定時には双方の利害が対立することも多く、第三者的な観点から着地点を探る必要があります。専門家が介入することで、論点になりそうな内容をあらかじめ把握することができ、契約書の文言や条件交渉の判断材料として協議することができます。

また、介護業界が他の産業と異なる業界特性(介護保険法に基づく業務であること、許認可に関しての行政との調整が必要なこと、開設時に補助金が入っていること、運営している法人格に特殊性があること、など)を有するため、業界のことをよく知っている専門家に相談することをおすすめします。

また、その前段階で信頼できる顧問税理士などに相談しながら進めるとよいでしょう。

介護事業を売却するタイミングはいつ?失敗しないための注意点

介護事業の承継については、前述の通り、複雑で一定の時間を要します。早いケースでも半年間、長いケースでは数年かかることもあります。特に希望する条件に合致する承継候補先を見つけることに難航するケースがあります。

また、承継候補先が見つかったとしても、条件交渉や買収監査(デューデリジェンス)の段階で、交渉が破談となることも珍しくありません。そのため、早期の段階から、地域の必要な介護サービスを継続させるための将来プランを検討しておくことが望ましいといえます。

2024年から介護事業所のBCP作成が義務化されますが、それと同様に介護事業経営の将来も緊急時に備えて考えておく必要があるといえます。

事業承継・M&Aにおいては、譲受候補先との条件交渉が必ず行われます。短期間で制約させようとすればそれ相応のリスク(希望価格に達しないなど)を引き受ける必要が生じます。地域に必要なサービスを残し、かつ、経営者自ら希望する条件を実現するためには、余裕を持った状態で譲受候補先と関わることが望ましいといえます。

譲渡・譲受によって安定的・持続的な成長へと繋げる

本稿の執筆者

中川 稔大(なかがわ としひろ)
株式会社日本経営 ヘルスケア事業部 次長

2010年株式会社日本経営入社。介護分野への人事コンサルティング、収益改善のコンサルティングを経験後、1年間大手介護事業会社のM&A部門に出向し、M&A業務を経験。現在は株式会社日本経営で介護分野のM&A業務を担当。コンサルティング支援実績は100法人以上、年間講演実績20件以上。

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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