「同一労働同一賃金」による人件費アップ、手を打つには時間がない
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
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株式会社日本経営 橋本竜也(取締役)
大きな捉え方ではなくて、企業は具体的なテーマについて取り組んでいく
―全国の病院や介護福祉施設で、「働き方改革」への対応はどこまで進んでいるのか? 現場での実感を教えてください。 |
橋本 最近よく思うのが、「働き方改革」とは何なのか、ということです。「働き方改革」というイメージを相手にするのではなく、一つひとつ確実に対応していくというのが、現場の実感です。
人事・労務の範疇でいうならば、「年次有給休暇の取得義務化」や、「時間外労働の上限規制」、7月に発信された「医師の宿日直許可基準・研鑚に係る労働時間に関する通達」など、個別具体的なテーマとして対応が進んでいます。「働き方改革」という大きな捉え方ではなくて、企業は具体的なテーマについて取り組んでいく必要があるでしょう。
この時期に対応が進んでいないと、かなり危険な状況
―「同一労働同一賃金」への対応については、どうでしょうか。このテーマが最難関になると、当初から予想されていましたが、まだ対応できていない事業所もあるのではないでしょうか? |
橋本 大企業に該当する法人は、「同一労働同一賃金」の施行は2020年4月からになります。ですので、大企業に該当する事業所で、まだ対応が済んでいないということは本来は考えられませんが、現実的には出遅れている法人も少なくないことが現実です。
それ以外の、中小企業に該当する事業所については、2021年4月からの施行となります。こちらは、確かに進捗にバラつきがあると思いますが、すでに対応が完了し、時間をかけて職員に説明する段階に入っている病院・介護福祉施設もあります。
来年4月には「診療報酬改定」がありますし、4月の新入社員への対応などを考えると、これから先は大変忙しくなる。まだ法の施行まで時間があると考えているとしたら大間違いで、この時期に対応が進んでいないと、かなり危険な状況だと言えると思います。
人件費アップに備えて、手を打つ必要がある
―「同一労働同一賃金」への対応を支援してきた中で、実際に、どこに対応のポイントがあると考えますか? |
橋本 最初に「同一労働であるかどうかの判定」を行うわけですが、まず、ここで大きなポイントがあります。
ここでは、正規労働者と非正規労働者について、同一労働かそうでないのかを見極めていくのですが、現場の意見を伺うと、「同じ仕事をしています」「みなが責任を持ってやっています」ということで、ほとんどが同一労働となってしまうことが多いのです。
しかし、「こんな違いはないですか」「この業務についてはどうですか」など具体的に聞いていくと、やはり違いがある。
もし、違いがなくて「同一労働」であれば、正規労働者とまったく同じ条件にするべきではあるのですが、実際には違いがあるわけですから、違いがあるのにまったく同じにすると逆に正規労働者にとって不公平になってしまいます。人件費もものすごく上がってしまいます。
この見極めのところを私たちのような人事コンサルタントや法制度のことを分かっている人がやらなければならないということが、1つ目のポイントです。
2つ目に、「契約社員」の場合、正規労働者と同一労働とみなされることが多いということです。それなのに、正規労働者と待遇・処遇が明らかに違う。これをどうしたらいいかという相談が少なくありません。しかし、これはどうしようもない。まったく同じ仕事を同じ責任で担ってもらっておきながら、雇用契約が違うというだけで低い処遇にしていたのであれば、そもそも問題があったといわざるを得ません。これまでも、「契約社員」の中で不満が燻っていたはずです。それが法的に許されなくなった。ですので、人件費をアップしてでも対応せざるを得ません。
同じように、非正規労働者のうち「フルタイムの有期雇用」となっている方々については、正規労働者と同一労働となっているケースが多いと思います。この場合も、人件費アップで対応することになります。
このように、多かれ少なかれ、「人件費アップ」となるのですが、そう言われて「はい分かりました」とはならないでしょうから、それに備えて手を打つ必要があります。そして、きちんと手を打つには、それなりの時間が必要です。
「同一労働同一賃金」に、打つ手の選択肢はあるのか
―同一労働であれば同一賃金を支給しなければならない中で、「手を打つ」とはどういうことですか。選択肢があるのですか? |
橋本 人事とか、人件費総額だけで問題を捉えると、手を打てる範囲は狭まるか、ほとんどないかもしれません。だから、経営の問題と捉えなければならないのです。
まずは、人件費増を見越して、今よりも収益を上げられないかを考えるべきでしょう。だから生産性向上が必要なのです。人件費増加分を人件費総額の中から捻出することはできませんので、費用ということで考えれば、コスト全体を見直して支出を抑えたり、新規採用人数を調整したり、大規模な投資計画を見直したり、経営全体の中で考えなければなりません。
これらは、人事部だけでは意思決定できないことです。だから、「同一労働同一賃金」は、経営判断が伴うテーマであり、経営者が危機感を持って対応しなければならないテーマなのです。人事部に任せた、ではことは進みませんし、人事部だけの責任にされても人事部ではどうにもならないということがあるのです。
ちなみに具体的なスケジュール感としては、
・職務の洗い出しと同一労働かどうかの判定 | 2ヶ月程度 |
・並行して処遇の整備を進め、同一労働同一賃金の観点から正規と非正規の違いに問題があるかを検証 | 1ヶ月程度 |
・その上で対応策を個別に見直し(各種手当や福利厚生がどれくらい複雑であるかによって変わってきます) | 1ヶ月~4ヶ月程度 |
例えば、ある事業所で、有給休暇とは別に「子育て・介護特別休暇」という制度がありました。有給休暇とは別に、プラスアルファで与えていた休暇です。しかし、正規労働者にしか与えていなかった。議論の末、非正規労働者にも付与することになりました。
同じように、結婚祝い金が正規労働者にしか支給されないケースがありました。非正規労働者にも支給することにしたのですが、そもそも支給基準や金額を見直すのか。法人内で正規労働者と非正規労働者が結婚した場合はどうするのか。・・・一つひとつ見直しを始めると、かなりの時間を要するのです。
こうなってくると、人件費がいくらアップするのかも、もはや分からない中で、模索していくことになります。
そもそも事業構造から見直さなければ対応できない、事業として存続できないという場合も
―「働き方改革」の最終段階は、タスクシフティングやオンンライン診療など、生産性向上だと言われています。法令遵守や人件費アップだけで終わらせるのではなく、生産性向上に繋げるためには、どのように対応する必要があると考えますか? |
橋本 まず、「人件費アップは避けられない」ということです。でも、「人件費が上がるから、生産性も上げなければならない」という説明は、職員の心に響かない最もやってはいけない説明でしょう。
では、人件費アップを吸収するためにどのような手を打つのか。
例えば、稼働率80%なのであれば、90%に引き上げられれば吸収できるかもしれません。
危機感の強い病院では、2019年度の全ての月について、対前年で利益アップを必達にして遂行しているようなケースもあります。人件費アップをにらみ、経営陣が収益の向上に前倒しで取り組んでいるのです。それでも、2020年度は人件費ですべて持っていかれる見込みです。
あるいは、全国の病院を見たときに、同じ診療報酬なのに、最低賃金は地方のほうが低いわけです。安価なコストで同じ報酬を得られるはずなのに、地方の病院で利益が出ていないとすると、それはなぜなのか。そこには見直しの余地があるはずです。
このように、収支の見直しで対応できる場合もあれば、そもそも事業構造から見直さなければ対応できない、事業として存続できないという場合もあるかもしれません。
そして、そのように苦しんで苦しんで対応した「同一労働同一賃金」でも、立場が違えば、見え方は千差万別です。「子育て支援休暇」が拡充されて喜ぶ職員もいれば、なぜあとから入ってきた仕事もできない若手のために、私たちベテランが仕事のしわ寄せを受けなければならないのか、と思う職員さんもあるでしょう。
職員の方々への説明が一歩間違えば、よかれと思ったことが仇になり、組織がバラバラになるということはよくあることで、そうならないためには、対応が遅れている事業所があれば、早急にスケジュールの建て直しをされることをお勧めします。
―本日は、まことにありがとうございました。
(文責 編集部)