看護部から始める経営改善「人が減っても続く病院改革の進め方とは」
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
少子高齢化、労働人口の減少、そして医療・介護の同時改定による厳しい経営環境の中、既存のリソースで最大限の成果を出し続けるためには、従来の部門単独での改善活動から脱却し、全病院的な視点での改革が不可欠です。特に組織において最も人数が多い看護部の改革は、病院経営全体に極めて大きなインパクトを与えます。
本レポートでは、医療機関の経営において喫緊の課題となっている「人が減っても続く病院改革の進め方」について、経営企画室と看護部の連携を核とした具体的な方法論をご提示します。貴院の持続的な成長と地域医療への貢献に向けた、具体的な一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
医療機関の成果を阻害する要因
看護部と経営企画室の「埋まらないギャップ」
病院経営において、看護部は患者様への価値提供の中心であり、コスト面・収益面双方で最も大きな影響力を持つ部門です。
しかし、私どもが多くの病院様へのご支援を通じて痛感するのは、看護部と経営企画室(事務部門)との間に存在する「埋まらないギャップ」です。このギャップが、成果を阻害する最大の要因となっているケースが少なくありません。
看護部と事務部門の関係性に潜む課題
成功に向けて活動を進める上で、両部門の関係性が「わかっている私」と「わかっていないあなた」という対立構造になっていないかを見直すことが重要です。課題解決の鍵は、「お互いにわかっていないからこそ、相手から学ぶ」という協働の意識です。以下の観点から確認してみましょう。
- コントロールとサポートの混同
経営企画室側から、看護部をコントロールしようとするスタンスが見られることがあります。しかし、改善活動において看護部はコントロールされる対象ではなく、共に改善を進めるパートナーであり、サポートの対象であるべきです。 - 感情論と事実(データ)の対立
特に看護部からは、「忙しい」「人が足りない」といった感情論や経験則に基づく訴えが多くなりがちです。これは現場の真実ですが、事務部門や経営企画室は、システム導入の費用対効果などをデータ(数字)で語ることを求めます。この共通言語の欠如が、互いの理解を妨げ、支援の機会を失わせています。 - 協力意識の欠如
事務部門からは、「人の数は充足しているのに離職が多いのはマネジメントの問題ではないか」といった声が聞こえる一方、看護部からは「他職種も協力すべき業務(隙間業務)を担っているため、改善活動すらできない。他職種の改善が先ではないか」という声が上がります。お互いに正しいことを主張しながらも、「病院を良くしていく仲間」という共通の認識が醸成されていません。
このような状況が続くと、改善の動きは停滞し、成果が出ても一時的なものに終わってしまいます。
成功を生み出す、看護部と経営企画室の関係性
厳しい経営環境下でも黒字を維持し高い成果を出し続けている病院と、そうでない病院の違いは、単なる戦略の差ではありません。真に異なるのは、計画を実行に移し、徹底する力、すなわち「実行の徹底度」です。
この実行の徹底度を高めるには、PDCAを回せる人材をいかに増やし、組織全体を動員できるかが鍵となります。
失敗を招く4 つの関係性パターン
私どもがこれまで見てきた、改善活動が停滞、あるいは失敗に終わる看護部と経営企画室(事務部門)の関係性は、主に以下の4 つのパターンに分類されます。
| 失敗パターン | 特徴 | 招く結果 |
| 現場丸投げ型 | 計画の合意後は部門任せ。 サポートや進捗確認がない。 | 現場の孤立。活動の頓挫。 |
| データ管理型 | 実績報告の数字のみで判断。 現場の実態(感情、努力)が見えない。 | 現場と経営企画室の心が離れていく。 |
| 支援不在型 | 努力や成果が評価や承認に結びつかない。 動機づけがない。 | モチベーションが低下し、継続的な改善が難しい。 |
| 対立構造型 | 感情論とデータ論が衝突し、話し合い自体が難しい。 | 会議の非効率化。解決策の欠如。 |
成功を生み出す4 つの関係性パターン
一方で、予定通りに成果を出し、組織的な成功を収める病院には、看護部と経営企画室(事務部門)の関係性に明確な特徴があります。
| 成功パターン | 特徴 | 効果 |
| 競争(共創)型 | 看護部と事務部門が対立ではなく、共に目的を共有し、改善を推進するパートナーとなる。 | 組織的な連帯感の醸成。活動の推進力向上。 |
| バランス型 | データ(定量)だけでなく、現場(定性)も重視し、経営企画室や経営層が定期的に現場をラウンドする。 | 現場の状況や努力を深く理解し、適切な支援が可能になる。現場の安心感の向上。 |
| 支援型 | 改善の成果を評価や教育予算の増額といった具体的な支援に結びつけ、病院全体でバックアップするメッセージを伝える。 | 現場の動機づけとなり、改善活動の継続性が高まる。 |
| 協働型 | 互いの立場の違いを理解しつつ、「病院を良くしたい」「患者様のため」という共通の目的に向かって、適切なディスカッションを行う。 | 成功パターン |
重要なのは、これらの「成功型」の関係性へと変革することが、すべての改善活動に先立つステップであるという認識です。
本当の優先課題は何なのか、壁打ちしませんか?
成功型の関係性を構築するための、専門家の活用
「成功型」の関係性を構築することで、持続的な成果を生み出す。考え方には合意できたとしても、いざ実行に移すとなると、極めて困難なことに気づくはずです。現場は多忙ですし、何かしようと思っても意思決定は簡単ではありません。ここに外部の専門家が支援する意義があります。私たちがどのような役割を果たすのかを、ご紹介します。
- 成果を出すための「勝ちパターン」と「仕組み」の提供
私たちは、医療に特化した経営コンサルティング会社として、長年の支援で培った「勝ちパターン(成果が出せる流れ)」のマネジメントシステムをパッケージ化して提供しています。
| 関係性の変革 | 現状の関係性分析を行い、対立構造から共同構造への変革を支援。両部門の共通言語となる「データ」を整備し、感情論ではなく事実に基づいた対話(ネゴシエーション)を促します。 |
| 正しい改善サイクルの導入 | 経験と実績に基づく8ヶ月間の標準スケジュールを設定。最初の1ヶ月間で、事務部門も含めた全関係者が現場をラウンドし、問題の共有と合意形成を徹底します。 |
| 効果的なチーム体制の構築 | 改善活動の責任が現場の管理者に集中しないよう、「スポンサー」「プロセスオーナー」「チャンピオン」といった明確な役割分担(組織設計)を導入し、周囲を巻き込む設計を支援します。 |
- ギャップを埋める「共通言語」としてのデータ活用
看護部と経営企画室のすれ違いは、改善成果を「やりがい」や「患者価値」など定性的にしか語れない点にあります。もちろん、これは本質ですが、投資(例:システム導入費5,000万円)の判断軸としては不十分です。 私たちは、看護部の活動のデータ化を支援します。これにより、「数字の成果」として経営層に納得感をもってお伝えすることができます。
| 時間外労働の削減額の試算 | システム導入による時間外労働の削減効果を「看護師1人あたり月10時間削減 → 年間数千万円の費用対効果」のように具体的に数値化。 |
| 離職率低下によるコスト効果 | 離職が減ることによる紹介手数料(例:250万円/人)などのコスト削減効果を明確化。 |
| 稼働率向上への貢献 | 改善による労働資源の適正化が、閉鎖病床の再開や稼働率向上にどう貢献するかを示す。 |
- 継続を可能にする「人への投資」(トレーニング・コーチング)
改善活動の実行の徹底度は、最終的に現場のスタッフのスキルに依存します。したがって一時的な成功で終わらせず、改善が続く組織にするためには、トレーニングが欠かせません。
| PDCAサイクル実践トレーニング | 計画・実行・評価・改善のプロセスを仕組みとして機能させるための実践的な指導。 |
| ファシリテーション・コーチングスキル | 部門間の対話やチーム内での議論を円滑にし、自発的な改善を促すためのスキルトレーニング。 |
| 問題定義の視点変革 | 看護師の視点だけでなく、「患者様にとっての不具合」から改善テーマを設定するリーンイノベーションの考え方を導入。これにより、改善活動の目的が明確化し、部門の壁を超えた合意形成が容易になります。 |
このように私たちは、単なるコンサルティングではなく、貴院が自律的に改善を継続できる組織へと変革するための「業務改善と組織開発の融合支援」をご提供します。
いますぐ着手すべき具体的な第一歩
最後に、今回のレポートを踏まえて、「人が減っても続く病院改革」を実現するため、貴院がいますぐ着手すべき具体的なステップをご提案します。
ステップ1:関係性の理解と現場理解の徹底
まず、両部門の対立構造を解消し、「成功型」の関係へと転換を図ります。
| 1. 経営層(院長・事務長)のコミットメント | 改善活動への明確な参加と支援のメッセージを、病院全体に発信します。 |
| 2. 合同現場ラウンドの実施 | 経営企画室や事務部門、他部門のトップが看護部と共に現場(病棟)を回り、言葉だけではない「事実」としてのムリ・ムダ・ムラを把握します。 |
| 3.「患者様にとっての不具合」からの問題定義 | 改善テーマを、「看護師の負担軽減」ではなく、「ナースコール後の対応遅延」「受付での待ち時間」といった「患者様の価値を損なう不具合」に焦点を当てて定義します。 |
ステップ2:「余裕の創出」を最優先目標とする
改善活動の初期は、いきなり「病床稼働率の向上」や「大幅なコスト削減」といったアウトプットを求めないことが成功の鍵です。
| フェーズ1:「自分に余裕が生まれる改善活動」の実行 | まずは看護師一人ひとりが日常業務で「いっぱいいっぱい」の状態から脱却するための、自己完結できるレベルの業務改善(例:動線の短縮、書類作成プロセスの簡素化など)に着手します。 |
| フェーズ2:次のステップの検討 | 「余裕」が生まれることで、看護師は初めて「どうやって病院を良くしていこうか」と将来を考える時間が持てるようになり、次のステップへの動機づけとなります。 |
ステップ3:共同での改善テーマの設定と実行
モデル病棟を選定し、8ヶ月間の改善サイクルをスタートさせます。
| 1. 大きなテーマの設定 | 単なる「離職防止」ではなく、「最高水準の看護サービスの提供」や「〇〇病院モデルの構築」など、部門のビジョンを体現するテーマを設定します。 |
| 2. 合意形成の徹底 | 設定されたテーマと計画について、トップダウンではなく、現場からの意見を取り入れ、「みんなで作った計画」という認識を醸成します。 |
| 3.PDCAサイクルの高速化 | 3ヶ月間のワンサイクルで改善を実行し、2週間に一度の頻度でPDCAを回します。進捗管理には、課題が明確な「赤信号」の部分だけを抽出して議論する手法を導入し、コミュニケーションコストを削減します。 |
このプロセスを経て、8ヶ月後には看護部で得られた「成果(費用対効果、時間外削減など)」と「正しい改善手法」を他の職種に展開することで、病院全体の組織変革へとつなげることが可能となります。
人が増えない時代だからこそ、貴院が持つリソースを最大限に活かし、地域に必要とされ続ける医療機関となるため、今すぐ「改革」に着手することが大切です。
本レポートでご提案したステップについて、さらに詳細な戦略や具体的なご支援内容にご興味がございましたら、ぜひ一度ご相談ください。弊社の専門的なご支援が、貴院の持続的な成長を実現するパートナーとなれることを心より願っております。
本当の優先課題は何なのか、壁打ちしませんか?
本稿の監修者
兄井 利昌(あにい としまさ)
株式会社日本経営 業務プロセス改善コンサルティング部 部長
米国認定リーンコンサルタント。これまで100床〜300床規模の病院の人事制度改革に携わる。人事制度を単なる管理のツールではなく、組織が期待する職員を引き上げ、更なる貢献を引き出す仕組みとするコンサルティングを行っている。また、研修など職員教育の領域では、それぞれの組織に合わせた研修を設計し、再現性と実効性を重視した研修を行っている。
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。


