お役立ち情報

生存戦略としての病院DX

  • 業種 病院・診療所・歯科
  • 種別 レポート

生産年齢人口減少が、経営上の最大の影響要因

国立社会保障・人口問題研究所が2023年4月26日に公表した「日本の将来推計人口(令和5年推計)」における出生中位(死亡中位)のケースでは、2020年から2040年の20年間で日本の生産年齢人口(15~64歳)が約1,295万人減少すると予測されています。

東京都が公表する東京23区の人口が約979万人(2023年11月1日時点)ですから、今後の20年間で東京23区の総人口以上の生産年齢人口が減少することとなります。

日本全国での人口推計のため「それって地方部の影響でしょ?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そうではありません。

筆者が所属する弊社福岡支社のある福岡市は、総務省が発表した人口動態調査(2023年1月1日時点)において、全国市区での総人口増加数でトップです。

高島宗一郎市長のリーダーシップもあり著名となった「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」など、各種規制改革や都市再開発を耳にされた方もいらっしゃるかもしれません。総人口の増加と都市再開発で活気のある街です。

しかし、その福岡市の中で、さらに最大の繁華街である天神を含む福岡市中央区に絞ったとしても、前述の「日本の将来推計人口(令和5年推計)」では、下図のように2030年以降は生産年齢人口が減少傾向に入ります。

日本全国で東京23区の総人口以上の約1,295万人が減少し、日本の中でも最も活気がある都市のひとつである福岡市でも減少トレンドに入ると予測される状況です。

生産年齢人口減少は、中長期的には経営上の最大の影響要因です。まさに「働き手不足倒産」が迫っています。こうした中での「生存戦略」としてDXを考えていく必要があります。

人的リソースの需給バランスを踏まえた中長期的な戦略

以前、DXとその前提となるデジタイゼーション・デジタライゼーションの違いを、総務省の情報通信白書をもとに弊社のお役立ちレポートで整理しました。

 参考:DXの前のデジタル化(デジタイゼーション・デジタライゼーション)

この定義を踏まえた病院経営におけるDXとしては、「生産年齢人口減などの外部の劇的な変化に対応するために、デジタル製品も活用して組織変革を行い、顧客エクスペリエンスの変革という成果を出すこと」となります。

生産年齢人口が急減する2040年問題を踏まえて、病院DXで求められることは下図のとおりです。

つまり、組織変革とデジタル化によりPX(Patient Experience:患者経験価値)向上とコスト構造変革という成果を実現することが病院DXです。ここから逆算して病院DXを進めることが重要となります。

前述したような生産年齢人口減少など、人的なリソース不足によって病院の再編・統合が進むこととなります。そこで、病院経営を行う上では、自院の所在する地域の人的リソースの需給バランスを踏まえた上で、中長期的な戦略を立てる必要があります。

弊社では以下のように類型化をして考えることをお勧めしています。

地域の産業変革の視点と、病院DX

こうした病院の中長期戦略の中で病院DXを考えていくことが重要となります。

日本の大半のエリアで生産年齢人口が減少しますし、微増するエリアではそれ以上に高齢者人口が増加して医療需要が高まるので、需給バランスが崩れます。そのため、どのエリアでもDXは必須となります。

ただし、病院の経営戦略と投資の優先順位はエリア別に変わります。

医療需要が減少するエリアでは、投資額の回収がすぐには見込めないため、デジタル投資の前に同一エリア内の他の医療施設とのリソース共有化が可能かを見極めることが必要となります。具体的には地域医療連携推進法人の活用などの検討です。(エリア別戦略の詳細は、下記レポートをご参考ください)

 参考:働き手不足時代の病院エリア別組織戦略

このように地域の人口動態により需給バランスが異なるので、下図のように地域の産業変革の視点からも、自院のDXを考えることが求められます。

PX向上のための多職種協働型組織と病院DX

では、具体的にはどのように進めるべきでしょうか。

前述したように、「組織変革とデジタル化により、PX向上とコスト構造変革という成果を実現すること」が病院DXです。

PX向上を実現するための組織変革としては、多職種協働型組織が挙げられます。

院内の様々な専門職が協働し、患者のそばでチーム医療を提供することです。従来、看護師は看護詰所で、セラピストはリハビリ室で記録などの事務業務を行っていました。

しかし、PX向上のための多職種協働型組織としては、患者のベッドサイドで業務を行う時間を増やすことがポイントです。

そのためには、病院情報システム(HIS)の中でも各職種別に構成された各種部門システムを、ベッドサイドで閲覧・記録することが求められます。つまり、ベッドサイドと看護詰所やリハビリ室などの間の移動距離・時間をムダ時間(非貢献時間)として削減し、ベッドサイドで患者に貢献する価値時間(貢献時間)へ転換する必要があります。

また、異なる専門職がベッドサイドに集うため、ベッドサイドで各職種間がチャットツールなどを用いて、リアルタイムに情報連携を行うことも必要です。そのため、デジタル化して、かつスマートフォンなどのモバイル端末を活用して、下図のように実現することが求められます。

コスト構造変革のための事務業務の仕分と病院DX

次にコスト構造変革の観点で考えてみます。DXでのコスト構造の変革は人件費の変革です。

一般企業では生成AIやRPAを活用して、非正規労働者など定型反復の事務業務をデジタルに代替しています。しかし、医療機関では医療専門職の人員配置基準があり、一般企業のような人件費の変革は難しい面があります。

可能なのは、管理会計上で間接貢献部門(コストセンター)と呼ばれる事務職や調理員などの領域に限定されます。

例えば事務職においては、診療報酬請求などの定型反復事務業務と受付等での患者対応などの非定型業務が各職員に混在して存在していると思います。この混在がDX推進上の大きな難所となります。なぜなら、各職員には少ない割合の定型反復事務業務が混在しているため、デジタル投資をしても各職員が少し楽になっただけで、人件費の大きなコスト構造変革にはつながらないからです。

そのため、病院経営の視点で考えるとデジタル投資をしても人件費のコスト構造変革が進まず、結果として人件費にデジタル投資額が上乗せされるだけとなります。その結果、投資への意思決定が後回しになることがあります。

そこで下図のように、事前に定型反復事務業務を仕分けして集約し、定型業務群と非定型業務群に分けた上で、集約した定型業務群をデジタル化することで省人化します。

業務がデジタル化により代替された人員は、教育研修を行った上で他の業務へ配置転換するという組織変革によるコスト構造変革が可能となります。

このようにPX向上やコスト構造変革という成果を定めて、そのための組織変革を進める上でデジタル製品を活用していくことが真の病院DXです。

どうしても、生成AIやRPA、スマートフォンなどのデジタル製品起点で考えてしまいがちですが、下図のように病院CX(組織変革)から逆算して考えることが重要です。

デジタル人材を確保するための複線型人事制度

最後に、病院DXを進める上でのデジタル人材についても触れたいと思います。

医療業界に限らずDX推進が叫ばれています。その中で、DXを推進するデジタル人材が不足しています。

前述したように病院DXが求められる背景には、生産年齢人口急減の2040年問題があります。医療職だけでなく、デジタル人材の採用も困難な状況です。

そこで、弊社では複線型人事制度の活用をお勧めしています。

下図のように複数の働き方コースを設けて、例えば特定看護師の資格を保有して医師の業務を一部代替する「高度専門人材コース」や「育児・介護などで勤務を限定しながら働き続けられるWLB(ワークライフバランス)重視コース」など、複数の働き方から選択できるコースを設ける人事制度です。

コース間は一定の条件のもと行き来できるようにすることで、様々なライフイベントの中でも人材を確保し続けられるようにしています。その中に、IT企業との複業・兼業を可能として、週2日勤務の高度デジタル人材コースなどを設けることが考えられます。

病院の事務職員や医療技術職員の給与水準では、SEなどのデジタル人材を常勤雇用することは難しいでしょう。しかし、IT企業との複業・兼業を可能とすることで、社会貢献的に週2日程度を非常勤で働いていただくことが可能なケースもあります。

まさに、こうした人事制度改革も含めた組織変革を行わなければ、真の病院DXは実現できません。

病院DXを進めることは、病院の「生存戦略」

多職種協働型のチーム医療により「PX向上」を実現し、業務の仕分けを含めた組織変革でデジタルへの業務シフトを実現して「コスト構造を変革」することが病院DXの成果です。

そのためには、それを実現するための「デジタル人材が確保できる人事制度改革」も求められます。

生産年齢人口急減の2040年問題を前にして、病院経営においてDXは不可避です。

短期的なコスト増を嫌ってDX推進しない病院は、将来の生産年齢人口減という外部環境の急変に適応できず、「働き手不足倒産」として淘汰されるでしょう。

世代交代して今後20~30年程度は経営を担うようになった経営者は、10年程度の中長期視点で経営を捉えていることが多いです。このように経営者が世代交代して、かつ地方で人口減が顕在化している病院ほどDXを推進している印象があります。

病院DXは短期での投資検討ではなく、10年程度の人口動態や産業変革(IX)から逆算して取り組むべきです。PX向上とコスト構造変革という成果から逆算して病院DXを進めることは、病院の「生存戦略」としても重要だと思います。

本稿の執筆者

太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長

総務省:経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー(「DXの取組」領域)。民間急性期病院の医事課を経て弊社に入社。医療情報システム導入支援を皮切りに業務を行い、東京支社勤務時には医療関連企業のマーケティング支援を経験。現在は、医師人事評価制度構築支援やBSCを活用した経営計画策定研修講師、役職者研修講師を行っている。2005年に西南学院大学大学院で修士(経営学)を取得後、2017年にグロービス経営大学院でMBA(経営学修士)を取得。

株式会社日本経営

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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