お役立ち情報

賃上げで貧しくなる?
~“従業員の視点”と“経営”を両立させるDX~

  • 業種 病院・診療所・歯科
  • 種別 レポート

診療報酬上の要件としての賃上げ

令和6年度診療報酬改定では、各病院で「ベースアップ評価料」が大きな話題となっています。厚生労働省の示した“対象職種の給与総額の2.3%相当となるように設定”という水準や、事例として示された“令和6年度に+2.5%、令和7年度に+2.0%のベースアップ”などの水準をもとに検討が進んでいると思います。人件費というセンシティブな内容であり、2カ年での総額で判断されるので、この2年間で随時対応を変化する病院も出てくると思います。この判断基準は「診療報酬上の施設基準(要件)」です。

近隣賃金相場による採用競争力としての賃上げ

また、公立・公的病院では8月の人事院勧告を踏まえて、年末に賃金改定がなされます。例年、人事院勧告は春闘での賃上げ率を踏まえて、その賃上げ率よりも若干低い値になることが多いです。今年の春闘を踏まえると4~5%前後の値になることが推察されます。これは診療報酬改定の要件として示された値の2倍近くになります。このような少し遅れて実施される公立・公的病院の賃上げを見据え、地域の賃上げ動向を踏まえて再検討する病院もあると思います。6月の診療報酬改定を踏まえた主に民間病院の賃上げ動向と、その後に実施される公立・公的病院の賃上げという「近隣賃金相場」も大事な視点です。
なお、弊社でも毎年「病院賃金総合調査」を実施しており、2023年度は全国266病院の協力を得て、職種別・年齢別・病床機能別・病床規模別・地域別に、平均値だけでなく中央値・75%ile値・25%ile値を収集し、データベース化しています。2024年度分も現在集計・分析中ですが、こうした「近隣賃金相場」のデータは、賃上げを考える上で重要になってきます。

従業員の生活の視点での賃上げ

昨今、経済ニュースなどでは「実質賃金」というキーワードを聞くことが多いと思います。物価変動を踏まえた、実質的な賃金のことです。皆さんも日々の生活の中で、物価上昇をひしひしと感じていると思います。下記のように「実質賃金」は、右肩下がりが長年続いています。

■実質賃金推移

総務省が令和6年4月19日に公表した「2020年基準 消費者物価指数 全国 2023年度(令和5年度)平均」によると、2023年度の消費者物価指数の総合指数は“対前年比3.0%”の上昇です。同2020年比では“6.3%”の上昇となっています。

■2020年基準 消費者物価指数 全国 2023年度(令和5年度)平均

https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/nendo/pdf/zen-nd.pdf#page=4

物価が対前年比3.0%上昇している中、給与が2.3%しか上がらない場合、体感的には“貧しくなった”と感じるでしょう。こうした「従業員の生活」も大事な視点です。

従業員の生活の視点での賃上げ

それぞれが見ているデータは、

✓消費者物価指数というマクロ経済データ(日本全体×全産業)
✓厚生政策における診療報酬の施設基準(日本全体×医療業界)
✓地域賃金相場(近隣エリア×病院)

となります。

視座・視野で考えると以下です。

➣視座:日本全体⇔近隣エリア
➣視野:全産業⇔病院のみ

このように視座の上下で視野の広さが変わってきます。しかし、「診療報酬上の要件」は自院の視点、「近隣賃金相場」は他院の視点、「従業員の生活」は従業員の視点となります。
古典的なビジネスフレームワークに3C分析という考え方があります。3C分析は、「顧客(Customer)」「自社(Company)」「競合他社(Competitor)」の3つを軸にして市場環境を分析するフレームワークです。“顧客が求めることで、競合と比べて競争優位性のある領域を、自社が提供できると必ず成功する”ので、その重要成功要因(KSF:Key Success Factor)を特定するという考え方です。ポイントは“異なる3つの視点で見ること”だと私は理解しています。

今回の「診療報酬上の要件」・「近隣賃金相場」・「従業員の生活」は、自院・他院(競合)・従業員(顧客)となり、それは3Cと同じ枠組みです。昨今の人手不足、生産年齢人口減少を踏まえると従業員はまさに「顧客」です。そこで、3C分析の考え方を応用すると、“物価高の中でも従業員が生活水準を維持できる実感があり、かつ近隣の競合病院と採用競争力のある賃金水準を自院が提供できるか?”が、賃金面でのKSFとなります。

このように病院の賃金制度は複雑化しています。前述した弊社「病院賃金総合調査」のようなデータベースに基づく「近隣賃金相場」と「診療報酬上の要件」、さらには消費者物価指数を踏まえて「従業員の生活」という定性的な“生活実感”も踏まえた賃金制度設計が求められてきています。弊社でも病院の賃金制度見直しに関する相談が増えていますが、年々高度化しており専門家でなければ設計できない傾向にあります。

ワークエンゲージメントの視点

今回は賃金面での視野・視座・視点を見てきましたが、賃金面以外に目を移すと更に別の面も見えてきます。昨今、組織人事の領域ではワークエンゲージメントが重要視されるようになってきています。上場企業でも賃金だけでなく、福利厚生やリモートワークなどの勤務ルール、オフィス環境などの改善で、ワークエンゲージメントを高め、採用・定着を促進する例が増えています。

弊社福岡オフィスも昨年2月末に新オフィスへ移転しました。博多駅の新幹線構内を眼下に望む立地で、新しい内装・オフィス家具を入れ、執務室内もBGMを流すようにしました。弊社札幌オフィスも本年5月に移転しました。これも従業員の採用と定着のためです。
弊社のお客様の病院では、女性の医療職が多いこともあり、従業員の福利厚生としてプラセンタ接種、スキンケア(ビタミンA(レチノール誘導体)の化粧品)を職員価格で提供しているケースもあります。株式会社立の介護施設では、筋肉隆々の若者を積極的に採用するために、介護施設で勤務する傍ら、施設内のトレーニングマシンの利用を認めたり、プロテインの費用を会社が負担したりするなど、体づくりのための福利厚生を充実するケースもあります。
こうした福利厚生や勤務ルール、オフィス環境の整備は、賃金以上に従業員の視点が重要になります。“従業員が何を求めているのか?”によって、施策が千差万別になるからです。

さらにワークエンゲージメントの面では、上司・部下の関係性や心理的安全性など、様々な論点が出てきます。
弊社でも職員意識調査アンケート:ESナビゲーターⅡを提供していますが、こうした定性的な面も分析して上司・部下の1on1面談やコーチング研修の実施、その他教育システムの改善なども必要になります。福利厚生や賃金だけでなく、各種取り組みも行ってワークエンゲージメントを高めていくことが、生産年齢人口の減少が激しい日本では重要になると思います。このように、組織マネジメントシステムは高度化・複雑化しています。専門家でなければ人事制度を中心とした組織マネジメントシステムを設計・更新できない傾向にあります。
2024年の病院経営においては、賃上げへの対応が大事な論点になります。従業員の視点に立てば、“物価高の中でも生活水準を維持できる実感を得られるか?”が大きな論点になります。「診療報酬上の要件」や「近隣賃金相場」へ目を奪われがちですが、「従業員の生活」という従業員の視点も忘れてはなりません。
前述したような診療報酬上の施設基準を最低限クリアしたとしても、それが物価上昇率を下回っていると従業員は“貧しくなった”と感じてしまいます。消費者物価指数の対前年比3.0%というのは、一つの検討の目線になると思います。

人件費高騰の中で経営を成り立たせるためのDX

こうした人件費高騰の中で経営を成り立たせるには、やはりDXです。
先日、以下のレポートを弊社お役立ち情報で公開しました。

■DXが職種転換を実現する?

~令和6年度診療報酬改定から推察する病院DXの未来~
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-107566/

上記レポートで指摘したような、職種転換による組織変革・コスト構造変革まで踏み込まなければ、賃上げを行う中で経営を成り立たせることは難しくなります。そこで、DXの必要性が再認識されてくることになります。
賃上げの論点の中で、視野・視座・視点を変えていくと、DXなど他の経営上の論点の必要性が見えてきます。ぜひ「ベースアップ評価料」についても、単に「診療報酬上の要件」や「近隣賃金相場」の視野・視座・視点だけでなく、それぞれを変化させて立体的に考えてみてはいかがでしょうか。

なお、弊社では、単にデジタル製品の選定・導入支援などデジタル化のお手伝いだけでなく、中期経営計画策定支援なども行ってきた実績を踏まえて、将来人口推計などから考えた“真の病院DX”をご支援しています。ご関心がありましたら、お気軽に弊社担当者へご相談ください。

本稿の執筆者

太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長

総務省:経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー(「DXの取組」領域)。民間急性期病院の医事課を経て弊社に入社。医療情報システム導入支援を皮切りに業務を行い、東京支社勤務時には医療関連企業のマーケティング支援を経験。現在は、医師人事評価制度構築支援やBSCを活用した経営計画策定研修講師、役職者研修講師を行っている。2005年に西南学院大学大学院で修士(経営学)を取得後、2017年にグロービス経営大学院でMBA(経営学修士)を取得。

株式会社日本経営

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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