第75回 日本病院学会ランチョンセミナーレポート

-
業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
2025年7月24~25日に開催された第75回日本病院学会における、1日目のアメリカン・エキスプレス・インターナショナル,Inc.主催のランチョンセミナーで「生存戦略としての病院DX」の講演機会がありましたので、その概要をお伝えします。
【第75回 日本病院学会共催セミナー】
https://www.c-linkage.co.jp/jha2025/data/pdf/jha75_seminar_program.pdf?250716

“働き手不足”と“物価高騰”による経営危機が学会のメインイシュー
学会の主要プログラムでは、生産年齢人口の減少による働き手不足や物価高騰による病院経営の危機が大きなテーマとなっていました。特に「DXと医療制度改革」の必要性が強調される中、病院DXに関する講演が行われました。
「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」(※ⅰ)の中位推計によれば、2025年から2040年の15年間で生産年齢人口は約1,097万人減少するとされています。これは東京23区の人口(約993万人)(※ⅱ)を上回る規模であり、今後“働き手不足倒産”のリスクが一層高まることが懸念されます。
また、先日弊社お役立ち情報の下記レポートで解説したように、最低賃金の上昇も、このイシューに加わってきます。
【やはり2025年は病院構造改革の年だった!~骨太方針2025を踏まえて~】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-quality-improvement-122962/
骨太方針2025 (※ⅲ)を踏まえると全国平均で考えれば2029年まで年平均89.0円(7.29%)の最低賃金引上げが継続することとなります。この89円を月160時間で月給換算すると14,240円になります。弊社では病院の賃金制度を多数構築しており、また病院賃金総合調査 (※ⅳ)という調査業務も行っていますが、病院の医師以外の職種で平均10,000円を超える昇給を継続的に行っているケースは、目にしたことがありません。従来、数千円の平均昇給額だった組織に対して“労働政策で年14,000円以上の昇給”が求められることのインパクトは破壊的です。
こうした中で、抜本的な組織変革とコスト構造変革、さらには病院DXが求められます。弊社お役立ち情報の下記レポートでは、人員配置基準がない事務職員の業務をデジタルで代替し、リ・スキリングによって医師事務作業補助者など医療職のサポート業務へ職務転換・配置転換することを提言してきました。
【DXが職種転換を実現する?~令和6年度診療報酬改定から推察する病院DXの未来~】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-107566/
今回のランチョンセミナーでは、下図のような事務職を医療クラーク(医師事務作業補助者)へ職種転換し、その医療クラークを外来に配置、代わりに外来の看護師を病棟へ配置転換することで、病棟看護配置の充足を図る仕組みを説明しました。

事務職の方を“デジタル化×リ・スキリング”により医療クラーク職種へ転換し、医師事務作業補助体制加算の算定強化につなげる、また、働き手不足による看護配置充足率低下への対応策として、看護師を外来から病棟へ配置転換することをご紹介しました。これは組織変革により加算算定などのコスト構造が変革するという成果にもつながりますが、一方で、医療クラークの賃金制度の整備や看護師の配置転換を支援する複線型人事制度の整備なども必要になるでしょう。
事務職のデジタル化としてのキャッシュレス化
このように事務職の医療クラーク化という“ホワイトカラーのエッセンシャルワーカー化”は重要な論点となります。今回のセミナーでは、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル,Inc.主催のランチョンセミナーということで、窓口でのキャッシュレス決済や医療材料などの仕入れ決済のクレジットカード化などにも触れました。
クリニックとの関与が多い弊社グループの税理士法人部門でも、下図のようにSBC&S株式会社と共同でクリニック向けのキャッシュレス決済端末を開発しています。

今回のランチョンセミナーでは、実際に医療材料の決済にクレジットカードを活用して、そのポイントを地域交流行事の景品に充てるなど、各種福利厚生に活用している病院の事例発表もありました。また、飛行機・新幹線での移動が多い弊社では会社支給のクレジットカード決済を原則とし、移動交通費のクレジットカード決済で得られるポイントを有効活用して会社の経費節減に活かしています。物価高騰が病院経営に深刻な影響を与えている中で、こうしたデジタル化によるコスト構造変革も重要になるでしょう。
成果を見据えた病院DX
こうした組織変革、コスト構造変革だけでは不十分です。弊社では病院DXを下図のように考えています。

「DX=D(デジタル化)×CX(組織変革)」であり、CXの成果は“患者経験価値(PX:Patient Experience)向上”と“コスト構造変革”の両立です。コスト構造変革という財務の視点の成果だけでなく、顧客の視点としてのPX向上も忘れてはなりません。弊社お役立ち情報の下記レポートで主張したように、患者貢献という病院事業の目的・意義として、これを最優先に考えるべきです。
【患者経験価値(PX)の向上を実現するDX】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-quality-organization-99777/
また、PXという観点で視野を広げて考えれば、地域包括ケアシステムだけでなく、産業・業界を超越した“地域共生社会”という論点も見逃せません。その具体策である医療MaaSや農福連携などを実現する際も、ライドシェアや各種コミュニケーションツールとしてのデジタル活用が必須です。なお、地域共生社会における病院経営戦略については、下記のレポートで詳述しています。
【地域共生社会を創造するための病院経営戦略
~“4つの経営機能”を活かした医療MaaS・DXの実現~】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-114097/
こうした産業・業界を横断した変革の未来予想図から逆算して、自院のDXを下図のように考えていくべきでしょう。

なお、弊社では上記の考え方に基づく病院DX支援を行っています。単なるデジタル化ではなく、“事務職⇒医療クラーク”への職種転換とそれを実現するための教育プログラムや人事制度変革も伴う病院DX支援です。ご関心があれば、下記専門サイトをご覧ください。
「病院DX支援」専門サイトはこちら
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※ⅰ 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」
※ⅱ「東京都の人口(推計)」の概要(令和7年5月1日現在)
https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/jsuikei/2025/js255f0000.pdf
※ⅲ 内閣府『経済財政運営と改革の基本方針2025 ~「今日より明日はよくなる」と実感できる社会へ~』(骨太方針2025)
※ⅳ 日本経営グループ「第5回(2025年度) 病院賃金総合調査」実施のご案内
https://nkgr.co.jp/company/release/20241216b/
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本稿の執筆者

太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長
大規模民間急性期病院の医事課を経て、2007 年入社。電子カルテなど医療情報システム導入支援を経て、2012 年病院経営コンサルティング部門に異動。
現在、医師マネジメントが特に求められる医師数の多いグループ病院・中核病院のコンサルティングを統括。2005年西南学院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、 2017 年グロービス経営大学院 MBA コース修了。
株式会社日本経営
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。