一生に一度の事業承継!後悔する前に知っておきたい医療法人分割と事業譲渡の違い
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			業種
			
				病院・診療所・歯科
 - 種別 レポート
 
事業承継と経営再編を成功させる新たな選択肢 医療法人分割
病院・医院または診療所などの医療法人オーナー(医師)の皆様にとって、事業承継は避けて通れない重要な経営課題であり、その選択肢は多岐にわたります。
親族への事業承継、第三者への譲渡、M&Aなど、様々な方法が検討される中で近年、注目を集めている新たな選択肢が「医療法人分割」です。
本レポートでは、医療法人分割の仕組みや活用方法をわかりやすく解説し、公平かつ円滑な事業承継の実現や、組織再編・成長戦略の一環としての活用を検討いただくための役立つ情報を提供します。
従来の「事業譲渡」との決定的な違いや、分割を実現するための具体的な要件を詳しく解説することで、「これなら、より納得のいく事業承継ができる」と感じていただき、事業承継の方法として事業譲渡以外にも「医療法人分割」という選択肢があることを後継者の方にも知っていただくきっかけとなれば幸いです。
1.診療所法人化の選択肢とは?広がる経営形 医療法人分割とは?多様な事業承継・再編を可能にする活用事例態のパターン
医療法人分割とは、医療法人が有する事業に関する権利義務の一部を、他の医療法人に承継させる手続きです。
承継先は、既存の医療法人(吸収分割)または新たに設立する医療法人(新設分割)のいずれかであり、いずれの場合も、事業を廃止することなく継続できる点が最大の特徴です。この点が、 従来の事業譲渡にはない大きなメリットであり、分割によって、より柔軟で円滑な事業承継や再編が可能となります。
後継者候補が複数いる場合の円滑な事業承継
医師のご家系では、複数のご子息が医師となり、誰に医療法人を事業承継させるか悩むケースは少なくありません 。従来の事業承継方法では、医療法人を一人の後継者にしか承継できないため、もう一人は個人で新規開業せざるを得ない状況が生じていました。このようなケースでは、親からの資金援助の格差など、後継者間での不公平感が生まれたり、関係性に影響を及ぼす可能性がありました。
医療法人分割による解決策
医療法人分割は、こうした課題に対する画期的な解決策を提供します。既存の医療法人を二つの独立した医療法人に分割することで、複数の後継者それぞれに医療法人を事業承継させることが可能となります。
現オーナーのメリット
- 個人資産の譲渡や贈与を伴わずに、複数の後継者へ公平に事業承継・開業の支援ができます
 - 「どちらか一人を選ばなければならない」という問題から解放され、後悔のない事業承継を実現できます
 
後継者(承継先)のメリット
- 開業に伴う多額の借入金を負うことなく、現在の医療法人の資産を引き継ぎ、それぞれ医療法人として開業できます
 - 医療法人として継続できるため、開業医としてのリスクやハードルが大幅に下がります
 - 事業承継への意思決定がしやすくなり、スムーズな移行が期待できます
 
この手法は、後継者の負担を軽減し、親族間の良好な関係性を維持しながら、円満な事業承継を実現するための強力な選択肢となります。
分院を医療法人の形で第三者の分院長へ事業承継
長年貢献してくれた分院長に分院を譲渡したいと考えるケースも少なくありません。しかし、従来の事業譲渡では、分院長が個人で分院の事業資産を買い取る必要があり、資金調達や閉院および開業手続き、許認可の再取得など、多くの手間と費用が発生していました。
医療法人分割による解決策
医療法人分割を活用すれば、分院を切り離して新たな医療法人として事業承継させることができます。
承継側のメリット
- 分院を独立した医療法人として切り離すことで、分院長が個人資金の負担を伴わない事業承継が可能です
 - 貢献してくれた分院長への負担を軽減し、良好な関係を維持したまま事業承継が可能です
 
後継者(承継先)のメリット
- 法人に事業資金を残すことで事業資金の承継ができます
 - 医療法人として継続することで、開業医として直面するリスクやハードルが軽減される可能性があります
 - 患者やスタッフの引き継ぎが容易になり、事業の連続性が保たれます
 - 病床などの運営も円滑に引き継げるため、運営上の問題をクリアしやすくなります
 
このように、医療法人分割は、親族以外の第三者への事業承継においても、手続きの有利さと事業継続性の確保できる有効な手段となります。
第三者へ事業の一部(老人保健施設など)を戦略的に譲渡
医療法人が保有する老人保健施設などの一部事業を第三者に譲渡する際、従来の事業譲渡ではなく「分割譲渡」という形を選択することで、より高い付加価値を実現できる可能性があります。
医療法人分割による解決策
このケースでは、買い手側からの要請により分割譲渡が検討されることがあります。例えば、老人保健施設の建設に多額の補助金が充てられている場合、事業譲渡(事業の廃止と新規開業)では補助金の返還義務が生じる可能性があります 。しかし、分割譲渡であれば事業が継続されるため、補助金の返還義務が免除される場合があります。
承継側のメリット
- 譲渡する際に、分割譲渡を条件にすると、譲渡価格の上乗せといった好条件を提示される可能性があります
 - 事業の再編や新たな設備投資への資金確保につながる可能性があります
 
後継者(承継先)のメリット
- 多額の補助金の返還義務が生じないため、分割の手間や購入価格が上がったとしても十分に価値があります
 - 事業の継続により、立ち上げが非常にスムーズになります
 
今後、買い手側から分割による譲渡を望まれるケースが増加すると見込まれており 、戦略的な事業再編において医療法人分割は重要な選択肢となるでしょう。
2.事業譲渡と医療法人分割の決定的な違いを比較
従来の事業承継の主流であった「事業譲渡」と「医療法人分割」、両者の最大の違いは「事業の継続性」にあります。
ここでは、両者の違いを明確にし、それぞれのメリット・デメリットを比較します。
事業譲渡の場合
メリット
- 承継範囲の限定
事業用資産を「モノとして売る」という考え方のため、承継させる事業範囲や資産を限定しやすく、不要な部分まで承継させるリスクを避けられます - 手続きの自由度
医療法人の組織変更を伴わないため、分割に比べて手続きの自由度が高い場合があります 
デメリット
- 事業の廃止と新規開設
譲渡した事業は廃止手続きを行い、購入した事業は新たに開設手続きを行うことになります。これは、事実上、その地域での事業継続が途切れることを意味します。旧診療所の廃止手続きと新診療所の新規開設手続きが必要となります - 資金調達
分院長個人(管理者)が分院の事業資産を買い取ることになるため、個人で資金を調達する必要があります - 許認可の再取得
事業の継続が途切れるため、閉院手続きと開業手続きが必要になり、許認可についても新たに取り直す必要があります - 税金
資産の移動に伴い、課税が生じる場合があります。譲渡所得などの様々な税金がかかることがあります 
医療法人分割の場合
メリット
- 事業の継続性
医療法人を分割するため、事業が継続され、閉院・開業手続きが不要となります - 金負担の軽減
分院長個人での資金負担が必要なくなり、事業資金を法人に残すことで事業資金の承継ができます - 許認可の継続
事業が継続するため、そのまま許認可が認められると想定されます - 患者・スタッフの承継のしやすさ
医療法人として引き継げるため、事業譲渡による個人事業の開業より患者やスタッフの引き継ぎががしやすい利点があります - 運営上の問題クリア
個人事業として開業する場合に懸念される病床の引き継ぎなど、運営上の問題をクリアしやすいメリットがあります - 補助金等の取り扱い
医療や介護において、補助金の返還や病床の維持など、法人が継続するか否かで取り扱いが変わるケースがあり、分割であれば有利になる可能性があります - 事業価値の向上
今後、買い手側より分割での譲渡を望まれるケースが増えてくると思われます。これにより付加価値を高められる可能性があります - 税制優遇
一定の要件を満たす「適格分割」であれば、移転する資産に係る法人税の課税繰り延べ、不動産取得税が非課税となります。資産を時価ではなく簿価で引き継ぐためその時点での課税は生じません。また、資産移転に関する消費税や不動産取得税も生じないことになります 
デメリット
- 条件と期間の厳しさ
分割するための条件や期間が厳しくなるため、十分な検討が必要です 
この比較からわかるように、医療法人分割は、事業の継続性を重視し、税務・手続き面でのメリットを享受したい場合に非常に有効な選択肢となります。
3.医療法人分割を実現するための必要要件
医療法人分割は多くのメリットを持つ一方で、いくつかの重要な要件を満たす必要があります。特に、「持分なし医療法人であること」という点が大きなポイントとなります。
「持分なし医療法人」への移行が必須
医療法人の分割を行うためには、原則として「持分なし医療法人」である必要があります。
- 持分あり医療法人とは
平成19年4月1日以前に設立された医療法人の多くが「持分あり医療法人」に該当します。出資者が退社する際に、出資額に応じて法人の財産評価額の一部を払い戻し請求できる権利「持分」が存在します - 持分なし医療法人とは
平成19年4月1日以降に設立された医療法人は、法律上「持分なし医療法人」として設立されています 
現オーナーの医療法人が「持分あり」の場合、まずは「持分なし医療法人」への移行を検討する必要があります。この移行は、経営が順調に進み、内部留保が積み上がっている法人ほど、多額の贈与税が発生するリスクを伴います。例えば、設立当初3,000万円だった出資金が、内部留保の積み増しにより現在15億円に評価額が増加しているような場合、その持分を放棄すると多額の贈与税が発生する可能性があります。
持分なし医療法人への移行策
- 認定医療法人制度の活用
時限立法であり、令和8年12月まで期間が延長されています。この制度を利用することで、出資者の相続に係る相続税の猶予・免除、出資者間のみなし贈与税の猶予・免除といった税制上の特例措置を受けることができます。ただし、申請から認定までには1年近くかかる場合があり、また、認定後も6年間のモニタリング期間中に分割を行うと認定を取り消される可能性が高いため、中長期的な視点での検討が必要です - 単純持分放棄
贈与税を納税して持分なしに移行する方法です。贈与税の納税額が少なければ、この選択肢も考えられます。出資金の評価額を下げる「利益対策」(収益を減らす、費用を増やす)や「純資産対策」(資産を減らす、債務を増やす)と、出資金の口数を下げる「相続時精算課税制度」や「暦年贈与」など、両面からのアプローチで税金負担を抑えることが可能です 
持分あり医療法人の場合でも、同族経営を維持できる選択肢として、「認定医療法人」や「一般の持分なし医療法人」への移行、あるいは「現状維持」が挙げられます。
「適格分割」の要件を満たすことで税制優遇
医療法人分割において、一定の要件を満たすことで「適格分割」とみなされ、税制上の大きなメリットを享受できます 。具体的には、分割して移転する資産に係る法人税が課税繰り延べとなり、不動産取得税が非課税となります。つまり、資産を時価ではなく簿価で引き継げるため、分割時点での課税は生じません。
適格分割の主な要件
- 役員の継続参画
分割前の分割法人の役員のいずれかが、分割承継法人の代表等として経営の中枢に参画すること - 主要資産・負債の引き継ぎ
分割事業に係る主要な資産・負債を分割承継法人に引き継いでいること - 従業員の継続雇用
分割事業に係る従業員の概ね80%以上の者が、引き続き分割承継法人の業務に従事することが見込まれること - 事業の継続
分割事業が分割承継法人で継続して営まれると見込まれること 
これらの要件は、基本的に事業の継続性を確保するためのものであり、適切に進めれば満たすことが可能です。
行政への認可申請手続きと期間
医療法人分割は、行政の認可が必要となる複雑な手続きを伴います。
申請手続きの主な流れ
- 事前確認・相談
分割承継法人に引き継ぐ資産・負債、役員、職員の継続意向などを確認し、引継ぎ先の関係所官庁(保健所など)へ事前に相談を行います。認可申請用の財産目録、貸借対照表の作成も必要です - 契約書の締結
吸収分割契約または新設分割計画書の作成・締結を行います。新設分割の場合は、医療法人に属する全社員の同意が必要です - 都道府県知事への認可申請
必要書類を揃え、各都道府県知事へ認可申請を行います - 債権者保護手続き
認可後、通知があった日から2週間以内に財産目録と貸借対照表を作成し、官報公告への記載後の異議申し立て期間を設けることで、債権者保護手続きを行います - 分割の効力発生
吸収分割承継法人及び新設分割設立法人がその主たる事務所の所在地に登記を行うことにより、分割の効力が発生します 
これらの手続きには、一般的に1年から1年半程度の期間がかかると見込まれます 。複雑なプロセスであるため、専門家への相談をおすすめします。
4.まとめ:医療法人分割で未来の事業承継をデザインする
医療法人分割は、従来の事業譲渡にはない多くのメリットを提供し、多様な事業承継や再編のニーズに応えることができる強力な選択肢です。特に、後継者問題、分院の事業承継、戦略的な事業再編といった課題に対して、公平性の確保、資金負担の軽減、事業の継続性の保持、といった面で大きな効果を発揮します。
しかし、その実現には、持分のない医療法人への移行が重要なステップとなります。持分のない医療法人は、出資者の持分をなくすことで、法人の所有と運営を分離し、後継者へのスムーズな継承を可能にします。また、「適格分割」の要件充足、そして複雑な行政手続きをクリアする必要があります。これらは専門的な知識と経験を要するため、決して簡単な道のりではありません。
「医療法人分割」という新たな手法に可能性を感じられた医療法人オーナーの皆様、「一生に一度の事業承継」だからこそ、後悔のない選択をしていただきたいと心から願っています。
医療法人の事業承継に関する豊富な実績と専門知識を持つ私たちが、皆様の個別の状況に合わせた最適なプランを提案し、複雑な手続きから税務面まで一貫してサポートいたします。
ご自身の医療法人の未来、そして後継者の未来のために、「医療法人分割」という選択肢を真剣に検討してみませんか?
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本稿の監修者
税理士 緒方 聡
税理士法人日本経営
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