パーパス実現のための従業員マーケティング
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
本年(2025年)年始に弊社お役立ち情報で以下のレポートを公開しました。
■地域共生社会における“好循環のビジネスモデル”
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-115148/
上記レポートでは、好循環のビジネスモデルのアウトプット領域として「パーパスの実現」や「ブランディングによる採用強化」について触れました。そこで、今回はパーパス実現のための“従業員マーケティング”について論考してみたいと思います。
マーケティングの対象が従業員にも広がった!?
昨年(2024年)公益社団法人日本マーケティング協会が、34年振りにマーケティングの定義を刷新 (※ⅰ)しています。
【マーケティングの定義(2024年制定)】
(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。
注1)主体は企業のみならず、個人や非営利組織等がなり得る。
注2)関係性の醸成には、新たな価値創造のプロセスも含まれている。
注3)構想にはイニシアティブがイメージされており、戦略・仕組み・活動を含んでいる。
従来(1990年制定)の定義では、「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。」とされていました。2024年の新定義では“顧客⇒ステークホルダー”へと改訂されているのが象徴的です。つまり、顧客との相互理解での市場創造だけでなく、顧客以外の個人や社会も対象として持続可能な社会の実現を目指すようになっています。
こうしたマーケティングの潮流を踏まえて、博報堂の嶋氏 (※ⅱ)は自著の中で下図のような概念を提示しています。
これは冒頭の弊社レポートで示したように、医療業界・介護業界や交通業界などの市場(業界)を超えた“地域共生社会 (※ⅲ)”そのものです。今後の医療・介護事業者は、産業創出の基盤としての人材確保・ノウハウ調達・資金調達という“インプット”をした上で、地域包括ケアシステムを中心に置きながらIX(産業変革)して地域共生社会を創出するという“プロセス”によって、法人の「パーパスの実現」や「ブランディング」という“アウトプット”を実現していくことが求められます。そのため、従来の顧客である患者・利用者だけでなく、従業員や医療・介護サービスを現に利用していない地域住民など、様々なステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現していく必要があります。
つまり、病院経営においても、集患や採用のための広告だけではなく、様々なステークホルダーとのPR(Public Relations)へとシフトしていくことが求められるでしょう。冒頭の弊社レポートでも触れたクラウドファンディングなどは、PRの結果としてのアウトプットの一例です。
冒頭のレポートで触れたように、“インプット⇒プロセス⇒アウトプットの好循環をどう作るか?”がビジネスモデルを構築する際のカギです。以前、弊社お役立ち情報の下記レポートでいくつかの病院を例示しましたが、優良病院は“実行の徹底度”で差がついているように感じます。つまり、“実行の徹底度”という“プロセス”が好循環のビジネスモデル成立のポイントとなっています。
■優良病院のマネジメントの共通項/医師マネジメントレポートvol.06
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-94999/
“実行の徹底度”という“プロセス”を高次化させるには、従業員が法人のパーパスや戦略・計画に共感し、信頼を得ることが不可欠です。これは以前のレポートでも触れましたが、組織と従業員の双方向の信頼性が高まり、結果として“活力”“熱意”“没頭”などの働きがいや意欲が生まれ、ワーク・エンゲイジメントが向上します。
こうしたワーク・エンゲイジメントが高まっている組織を作る上で、従来は組織人事システム(人事制度)の話がメインとなっていましたが、冒頭のマーケティングの定義改訂を踏まえれば、これからは“従業員マーケティング”が重要になると思います。
共通の目的を見つける
それでは、具体的にどのように考えていくべきでしょうか。先ほど「集患・採用のための広告だけではなく、様々なステークホルダーとのPR(Public Relations)へとシフトしていくことが求められる」と述べましたが、従業員マーケティングにおいても“広告⇒PR”への転換がカギになると思います。
前述した嶋氏は、“広告は自分で発信”し、“PRは第三者が発信”する。そして、下図のように“広告は人と違うところを見つけること”であり、“PRは人と同じところを見つけること”であると主張します
組織論の大家であるチェスター・バーナードによれば、組織の三要素は「①共通目的」「②貢献意欲」「③コミュニケーション」と言われますが、まさに経営者は①の従業員と“同じを見つけ”て、それを“自分以外の第三者が発信”する組織を作る必要があります。
地域共生社会は、嶋氏の上図を体現した状況となり、地域住民でもある従業員と共通の利害となり“同じを見つける”という論点は、相性が良いと言えます。こうした、従業員と利害が一致するパーパスは重要になるでしょう。
自分以外の第三者にどう発信してもらうか?
次の論点は“自分以外の第三者が発信する”です。そこで重要になるのが、組織の内部においては、経営者以外の幹部や中間管理職の“代理行動”。そして、組織の外部においては、地域住民からの“フィードバック”です。
前述した「優良病院のマネジメントの共通項」のレポートでも触れていますが、優良病院の多くが多職種ワークショップで事業計画を策定しています。主に中間管理職が中心となり、副院長や診療部長などの幹部層がオブザーバーとしてサポートし、院長・事務長・看護部長など三役は除いた中で、次年度の事業計画案をBSC (※ⅳ)で策定します。
そうすることにより、現場の従業員と接することの多い中間管理職自身が、事業計画づくりに携わることになります。自身が参画しているので、中間管理職層が経営層に代わって自ら発信することになります。「上が勝手に決めたので!」という他責にもできません。
加えて、BSCでは戦略マップを作成します。冒頭で紹介したレポートに詳述していますが、BSCでは“学習と成長の視点”⇒“内部プロセスの視点”⇒“顧客の視点”⇒“財務の視点”と因果連鎖し、最終の“財務の視点”で創出された利益が「人材投資(=学習と成長の視点)」や「設備投資(=内部プロセスの視点)」へつながる好循環のサイクルとなっています。この因果連鎖の好循環を戦略マップで図示(構造化)することにより、中間管理職層が経営層に代わって発信・説明する際の補助ツールになります。
同様に役立つのが、人事制度で作成する行動評価表です。行動評価表は、“何を期待しているのか?”や“どの程度が期待水準か?”を言語化し、構造化したものです。これも中間管理職層が経営層に代わって発信する際に、中間管理職を手助けするツールになるでしょう。ポイントは「戦略マップ」や「行動評価表」などを用いて、“構造化・言語化”しておくことだと思います。“自分以外の第三者が発信する”ために、それをサポートする“コンテンツ化”がカギになると思います。
次に、地域住民からの“フィードバック”は、まさに前述したPRの領域です。ここでも重要になるのは“コンテンツ化”です。組織内の従業員ですら自院のパーパスや戦略・計画を理解してもらうためには、戦略マップや行動評価表などのコンテンツ化が必要不可欠です。組織外の場合は、さらにそれを要約し、一目で伝わるようにしておくことが重要です。採用活動においてもSNSが重要な役割を果たすようになり、PRの取り組みが求められます。自分以外の第三者に発信してもらうためには、それをサポートするコンテンツ化が重要であり、まさに“マーケティング的な視点が必要”になってきます。
“整合性”を意識して行動ステップを高める施策を積み重ねていく
こうした各種取り組みをどう進めるべきでしょうか。前述した嶋氏は、“認知の獲得”⇒“認識の変化”⇒“行動の変化”という三段階で説明しています。これは、マーケティングの領域で購買決定プロセスを説明するビジネスフレームワークとしてポピュラーな「AIDMA (※ⅴ)」や「AMTUL (※ⅵ)」、「5A (※ⅶ)」などのポイントを要約したものだと感じます。集患のための地域医療連携支援の際に、私は以前からAMTULモデルを活用することが多いですが、AMTULモデルでのLoyalty(ブランド固定)や5AモデルでのAdvocate(推奨)へ至るように各種施策を積み重ねていくことが大事なのだと思います。その際、各種施策の“整合性”がポイントです。
以前の下記お役立ちレポートでも述べましたが、組織の諸要素はその整合性が重要です。
■“7S”で考える病院経営のトップ方針 ~“4つの経営機能”で整理する病院経営の具体策~
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-114485/
本レポートで触れた、多職種ワークショップ形式で行うBSCでの事業計画策定や人事制度、それを地域に発信するSNSなどは、それぞれの整合性がとれていなければ、各要素のシナジーを発揮することができません。
上記レポートでは弊社が提唱する“4つの経営機能”について解説していますが、パーパスを実現するというトップ方針を中間管理職に代弁してもらうという実行プロセスが必要です。その際、従業員自身のワーク・エンゲイジメントが高まった状態で自ら行動するような組み立てが重要です。まさに、マーケティング的な“ストーリー性”や“ナラティブ(物語)”が求められます。
今回はマーケティングの定義が改訂され、様々なステークホルダーとのPRが重要になったことを踏まえて、病院経営をマーケティング視点で振り返りました。組織システムとしての人事制度(評価制度)や管理会計としてのBSCを、“従業員マーケティング(PR)”として捉え直すと、新たな着眼で活用できます。上述したマーケティングの領域で購買決定プロセスを説明するビジネスフレームワークなどを参考に、“ストーリー性”や“ナラティブ(物語)”を踏まえた整合性を取りながら、自院の経営に活かしていただければ幸いです。
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※ⅰ https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000122632.html
出所:公益社団法人日本マーケティング協会
「公益社団法人日本マーケティング協会が34年振りにマーケティングの定義を刷新」
※ⅱ 嶋浩一郎「「あたりまえ」のつくり方ービジネスパーソンのための新しいPRの教科書」
※ⅲ https://www.mhlw.go.jp/kyouseisyakaiportal/
出所:厚生労働省「地域共生社会のポータルサイト」
※ⅳ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11920.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「バランスト・スコアカード(BSC)」
※ⅴ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12514.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「AIDMA」
※ⅵ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11611.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「AMTUL」
※ⅶ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-20799.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「5A」
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私たちは、医師マネジメントを高次化し
「貢献行動促進」「モチベーション向上」「病院収益の向上」に貢献します
本稿の執筆者
太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長
大規模民間急性期病院の医事課を経て、2007 年入社。電子カルテなど医療情報システム導入支援を経て、2012 年病院経営コンサルティング部門に異動。
現在、医師マネジメントが特に求められる医師数の多いグループ病院・中核病院のコンサルティングを統括。2005年西南学院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、 2017 年グロービス経営大学院 MBA コース修了。
株式会社日本経営
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