構造的赤字からの脱却!医療の価値を正当な対価に変える転換戦略
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
現在、大規模病院の多くがかつてない経営の分岐点に立たされています。コロナ禍を支えた補助金という防波堤が消えた今、一般社団法人日本病院会などの調査によれば、医業収益が赤字の病院は約65%に達しました。物価高騰によるコスト増、賃上げ圧力、そして医療技術の進歩に伴う在院日数の短縮。これらが複雑に絡み合った構造的赤字を前に、多くの経営者が「患者数は戻らないのに支出だけが増える」という焦燥感を抱いています。
しかし、現場に「もっと患者を入れろ」「稼働を上げろ」と号令をかけるだけでは、組織の崩壊を招きかねません。今求められているのは、投入したリソースに対して正当な対価を得る「単価の向上(収益最大化)」への転換です。それは単なる値上げではなく、貴院が提供する高度な医療の価値を社会に証明する挑戦でもあります。
別レポート「大規模病院の構造的赤字を脱却するには?組織の構造改革が導く黒字化への転換戦略」では経営改善の全体像を解説しましたが、本レポートではその核心となる「単価向上」を実現する4つの急所について、多くの病院再建に携わってきたコンサルタントの視点から、現場を動かすための具体的な処方箋を詳述します。
診療報酬の最適化:請求プロセスを「リレー」として再定義する
診療報酬の話になると、多くの現場スタッフは「それは医事課の仕事でしょう?」と反応します。しかし、この認識こそが最大のボタンの掛け違いです。
診療報酬の算定とは、現場の医療行為(第一走者)の情報が、正確に医事課(アンカー)まで届いて初めてゴール(請求)できる「組織的なリレー競技」です。現場でどれほど高度な医療を提供していても、バトンが途中で落ちてしまえば、病院には1円も入りません。
私たちは現場支援を通じ、請求漏れを防ぎ収益を最大化するためのポイントを、以下の4つのプロセス改善に集約しています。
- 算定基準の標準化(属人化の排除)
現場が点数の存在自体を知らなかったり、独自の解釈で「うちは算定できない」と思い込んでいたりするケースが散見されます。この「知識のムラ」を解消するには、院内の算定基準を論理的に統一するだけでなく、外部機関による客観的な監査(ベンチマーク)を取り入れ、解釈のズレを修正し続ける仕組みが有効です。 - 部門間情報伝達(バトンの受け渡し)
これが最も頻発するボトルネックです。近年の診療報酬改定では「チーム医療」の評価が重視されていますが、リハビリや栄養、薬剤などの指導内容が部門間で共有されず、最終的に医事課へ届かないケースが後を絶ちません。バトンがどこで落ちているのか、部門横断でプロセスの全体像を可視化することが急務です。 - 疾病別管理の徹底
PC制度下において、疾病ごとの管理体制が整っていないことで多大な機会損失が生じています。特に高難度の疾患など、管理体制の精度が係数や算定の可否に直結するため、最新の改定に基づいたクリニカルパスの更新や、記録体制の抜本的な再整備が必要です。 - 経営としての意思決定
これらは現場の努力だけでは解決できない領域です。現有のリソースを最大活用して上位の施設基準を届け出る、あるいは地域のニーズに合わせて病床機能を転換するといった判断は、現場任せにせず、病院経営層がデータに基づき戦略的に決定しなければなりません。

【あわせて読みたい:コスト削減編】
材料費や委託費の削減など、具体的な実務プロセスについては、こちらの記事で紹介しています。「病院のコスト削減・経営改善の具体的な方法を解説|医療機関ができる経費削減3つのステップ」
【事例深堀り】入退院支援加算における「バトンミス」
ここでは、実際に現場支援を行っていて発生している事例の多い「②部門間情報伝達」について解説します。特に「入退院支援加算」の事例を解説させていただきます。多くの職種が関わるため、バトンミスが最も起きやすい診療報酬項目です。
【入退院支援加算を完走するための4ステップ】
まずは、入退院支援加算の正しい算定フローを確認します。
- 退院支援スクリーニングの実施:入院後3日以内に、全患者を対象に支援の必要性を判定。
- 退院支援カンファレンスの実施:多職種が集まり、7日以内に退院に向けた課題や方針を共有。
- 退院支援計画書の作成:電子カルテ上で、カンファレンス内容を反映した計画書を作成。
- 患者・家族への説明とサイン:計画書に基づき説明を行い、同意の署名をいただく。
私たちは実際に現場へ入り、看護師、MSW(社会福祉士)、医事課等の関係する職種の皆さんと対話を重ねてきました。そのプロセスで見えてきた、実務における3つの典型的なバトンの落球について紹介します。
【課題1】基準のズレ:ベテランと若手で見える景色が違う
弊社コンサルタント:「スクリーニングのフォーマットはしっかり運用されていますね。ただ、担当者によって抽出の精度がバラついたりしていませんか?」
MSW:「確かにそうかもしれません。形としては全患者に実施していますが、10年目の看護師なら気づく『退院困難な要因』も、1年目だと見落としてしまう。選択肢があっても、人によって捉え方が違っていたかもしれません。」
このように、フォーマットがあるだけでは不十分です。基準の共通認識がなければ、本来、算定できるはずの算定候補がこぼれ落ちてしまいます。看護部等のように毎年人が入れ替わる部署だからこそ、定期的な勉強会で認識のすり合わせを仕組み化することが、リレーのスタートを確実にする鍵となります。
【課題2】放置の罠:夜勤交代の隙間に消えた情報
弊社コンサルタント:「スクリーニング実施数に比べて、カンファレンスに上がる人数が少ないようです。どこかで情報が止まっていませんか?」
看護師長:「調べてみて驚きました。夜勤担当者がスクリーニングをした後、日勤への申し送りをし忘れていたケースがあったんです。しかもその担当者が翌日休みだったため、誰にも気づかれず、担当者が出勤するまで放置されていました。」
個人の記憶に頼る申し送りには、必ず限界があります。スクリーニングが完了した時点で、自動的に次の工程へリストアップされるような、「人を選ばない、放置させない仕組み」への再設計が必要です。
【課題3】完遂の勘違い:現場のゴールと医事課のゴール
弊社コンサルタント:「医事課では『サインがない』と算定を見送っていますが、現場ではどうでしょう?」
病棟看護師:「えっ!説明もしたし、サインもちゃんともらっています。ただ、いつもと違うバタバタしたタイミングだったので、書類を戻すのが後回しになっていたかも……。説明してサインをいただいた時点で、自分の仕事は終わったつもりでいました。」
現場にとってのゴールは「患者さんへのケア」ですが、病院経営上のゴールは「正当な請求」です。この意識のわずかなズレが、算定ミスを生みます。「情報の共有までがケアの一環」という共通認識を持ち、イレギュラーな動きでも漏れない最終確認フローの構築が不可欠です。
診療報酬の最適化とは、単なる「事務作業の強化」ではありません。自院が提供した高度な医療の価値に対し、社会から正当な評価を獲得するための、組織的なリレーの再構築なのです。
高度急性期の特定入院料の増床・算定強化
リレーの質を高めた次に取り組むべきは、収益の要である「病床機能の最適化」です。「重症患者を一般病棟で対応せざるを得ない」といった病床のミスマッチは、現場の疲弊を招くばかりか、本来得られるべき対価を失う「二重の損失」を生みます。運用ルール(入室基準)を見直すだけで、数千万円から億単位の改善に繋がることも少なくありません。
【事例①】救急搬送に対し、ICUが不足していたケース
ある病院では、ICUが常に満床で、救急搬送の受け入れ拒否が常態化していました。調査の結果、原因は入室基準が曖昧なために、本来は一般病棟で管理可能な「回復期にある患者」が滞在し続け、ベッドを占有していたことでした。
- 改善のプロセス:「早期離床・早期転棟基準」を明文化。看護師長とHCU(高度治療室)へ移すべき基準を徹底議論。
- 戦略的転換:急性期一般病棟の一部をICUへ転換する「2床の増床」を断行。
- 結果:ICU算定日数が増加し、救急受け入れ件数も増加。病院全体の収益構造が劇的に改善。
【事例②】脳卒中の救急受け入れが弱く、紹介が減っていたケース
SCU(脳卒中ケアユニット)の入室ルールが緩く、軽症患者でベッドが埋まっていました。その結果、t-PAや血栓回収などの高度な処置を要する重症患者を受け入れられず、地域の信頼を失っていました。
- 改善のプロセス:「治療プロセスに合わせた病床配置」を徹底。軽症例は速やかに後方病棟へ繋ぐルールを整備。
- 戦略的転換:現場の意識を「ベッドを埋めること」から「機能を果たすこと」へシフト。
- 結果:重症患者の紹介数がV字回復し、専門的な医療機能に見合った診療単価の底上げに成功。
成功の鍵は、実態を可視化し、病床の役割を定義し直し、現場が迷わないようルールを「明文化」することにあります。
高度医療患者の集客:断らない機能が単価を引き上げる
病床の「箱」を整えた後、そこにどのような「中身(患者)」を迎え入れるかが、単価向上のエンジンとなります。基幹病院において、入院単価を底上げする最大のエンジンは手術件数と救急受入数です。
さらに、令和8年度の診療報酬改定では、高度急性期病院の生存条件としてこれらの実績の厳格化が加速しています。
「生存条件」としての救急・手術実績
これからの経営戦略の柱は、断らない救急と止まらない手術室の実現に他なりません。
- 手術部門の機能向上:手術室の稼働率改善や夜間・休日の枠拡大。
- 救急部門の機能強化:消防との連携強化や、科の垣根を越えた受入体制の再構築。
「一台の救急車、一人の重症患者を全部署横断で受け入れる」という方針が病院文化として浸透すれば、患者構成は自然と重症化し、診療単価は必然的に底上げされます。

【あわせて読みたい:稼働率向上編】
全部署横断での病床マネジメントの進め方や、空床を最小化するための具体的な管理手法については、こちらの記事で詳しく解説しています。「大規模病院の病床稼働率向上と増収|第1回:まず院内で行うべきこと」
実費診療・付帯事業の拡大:第2の収益柱を育てる入口戦略
物価高騰や人件費増が続く中、診療報酬のみに依存した経営は大きなリスクです。近年、先進的な病院では「病院ブランド」を活かした以下の事業を展開しています。
- 付加価値型ドックの拡充:脳ドックやがんリスク検査など。
- デジタル集客の導入:SNSプロモーションやオンライン予約・WEB決済。
- 地域共生型の資金調達:クラウドファンディングや寄付金の募集。
特筆すべきは、自費収益の拡大が「本業(入院診療)」の強化に直結する点です。健診で異常が見つかれば、そのまま院内での精密検査や高度な治療へと繋がります。自費診療は、将来の重症患者を早期に捕捉するための重要な「入口戦略」なのです。
人材育成の転換:人口減少時代を勝ち抜く「個の生産性」の最大化
戦略を実行するのは「人」です。限られた人員で経営を維持するためには、以下の二つの意識変革が不可欠です。
- 職員の「経営的観点」の底上げ:現場スタッフが「自分の業務が経営数値にどう直結しているか」を理解する体制を構築します。部門単位の原価計算や生産性指標を導入し、自律的な改善活動を促します。
- 「マルチ化」による部門横断視点の獲得:「自分の専門業務だけ」というサイロ化(縦割り)を打破します。
摩擦を生まない「マルチ化」の判断基準
業務の押し付け合いを防ぐ唯一の物差しは、「患者にとって、どのプロセスが最も価値(および収益)が高いか」という全体最適の視点です。
例:入院患者の移送業務
- 高付加価値:リハビリスタッフが移送中に「歩行訓練」として単位算定できるなら、リハビリ部が担う。
- 生産性優先:単なる移送であれば、専門職は治療に専念し、助手やポーターが担う。
経営の意志を共通の誇りへと変換し、組織を一体化させる
経営層が抱く「やるべきことはわかっている」という確信を、いかにして現場が自ら動き出す原動力へと変換していくか。その鍵は、数字の先にある「医療の価値」を組織の共通言語にすることにあります。
「赤字を解消しよう」と訴えるのではなく、「私たちが提供する医療の価値を社会へ正当に証明し、地域に愛され続ける病院を共に創り上げよう」と呼びかけてください。
改善の目的が「救える命に向き合い続けること」という医療人としての原点の喜びと結びついたとき、組織には自律的な活気が生まれます。自分たちの専門性が正当に評価され、それが病院の存続を支えているという確信こそが、現場を突き動かす最大の原動力となります。
日本経営グループは、診療単価向上に向けた徹底的な現状分析から、部門の垣根を越えて志を一つにする仕組みづくりまで、貴院が地域に必要とされ、愛され続ける病院であり続けるための最良のパートナーとして、共に歩んでまいります。
目先の収支改善から、地域に愛され続ける病院経営へ。
現場のバトンをつなぎ、医療の価値を「正当な対価」に変える。
【経営改善の全体像を確認する】
本レポートで解説した診療単価の向上を含め、病院が構造的赤字から脱却するための「4つの具体的戦略」の全体像については、こちらの総論レポートにまとめています。「大規模病院の構造的赤字を脱却するには?組織の構造改革が導く黒字化への転換戦略」
本稿の監修者

永戸 涼介(ながと りょうすけ)
株式会社日本経営 戦略コンサルティング部
チームリーダー
中小規模から400床超の基幹病院まで、延べ20以上の医療機関におけるコンサルティング業務に従事。収益確保に向けた経営改善に留まらず、病院の建替え、事業再編、再編統合といったプロジェクト支援の実績を有する。経営シミュレーションを用いた客観的な判断材料を提示し、経営幹部、現場、行政、地域住民との合意形成を推進。全国でのセミナー講演を通じ、医療政策と現場実務を統合した「持続可能な病院経営」のあり方を提示している。
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。


