在宅復帰率向上の実践、老健施設の「在宅復帰支援 研究会」がスタート
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業種
介護福祉施設
- 種別 レポート
自法人が運営する4つの介護老人保健施設(以下、老健施設)全てにおいて、「在宅復帰・在宅療養支援等指標」を80以上を確保、超強化型として運営されている、 医療法人社団 友志会の砂川 剛氏(リハビリテーション部 部長)。
介護施設の中で最も難しいとも言われる老健のマネジメントでは、在宅復帰に取り組みながらも運営に悩みを抱える施設も少なくない。「在宅復帰支援 研究会」開設にあたり、成果に繋がる取り組みを生むためにはどのような考え方・とらえ方が必要か、在宅復帰マネジメントについて、ノウハウを尋ねた。
住宅型サービスなしで、4施設全てにおいて「在宅復帰・在宅療養支援等指標」を80以上という驚異
坂 砂川さんと初めてお会いしたのは、数年前、共通の知人が企画されていたある勉強会の席でのことです。
4施設すべてにおいて、「在宅復帰・在宅療養支援等指標」(以下、在宅復帰指標)80以上。「たまたま条件が揃ったから」ということでは、あり得ない実績で、私は早速、砂川さんにご挨拶をさせていただきました。
お話をお聞きすればするほど、一つひとつの取り組みに惹きこまれていきました。
老健施設における在宅復帰指標に基づき、強化型もしくは超強化型を算定している施設は多いのですが、それは自法人の中で、住宅型サービスをもち、老健施設と住宅型サービスを行き来することで、強化型や超強化型を算定されているケースも少なくありません。
しかし、砂川さんの法人では住宅型サービスはお持ちではないのです。本当に利用者が望む暮らしの環境への復帰を支援されているのです。そしてそれらの成果に繋がる取り組みには、再現性を高めるヒントが沢山あるということを知り、感動したことをよく覚えています。
私は、「本当の意味で、地域包括ケアシステムの中核となる老健施設になりたいと思われている経営者、経営幹部、そして現場スタッフの方々が全国にたくさんおられる。その方々のお役に立てる支援をしていきたい」という思いを、砂川さんにぶつけさせていただきました(笑)。
砂川氏 私も、坂さんの情熱、コンサルタントと言いながら、それだけではない。現場のサービスやそこで働く人々に対する真っ直ぐな姿勢に、共感を覚えました。
ご存知のとおり、介護の現場というのは、ゴールが何なのか、何のために働いているのか、ときに分からなくなってしまうことがあります。それはプロとしてあってはならないことであって、介護にとって最も大切な資質の一つは、「何のために仕事をしているのか」、そのために「どのような具体的なプランを立てるか」ということだと、私は思っています。
例えば、余命わずかと宣告された方が入所してこられたとします。ご本人さんの希望をお聞きすると、「歩けるようになって、もう一度旅行に行きたい」と言われたとしましょう。
セラピストは何をするでしょうか。足腰を鍛えて立位能力を高めることからするでしょうか。
そのことも大切なのですが、車椅子でバリアフリーで旅行できる方法を調べる。一緒に旅行に行ってあげる。残された時間とその方のポテンシャルを考えて、一緒に社会参加をして差し上げることも、セラピストの重要な役割のはずです。
しかし、「利用者様の笑顔のために」と言いながら、歩かせるためのプラン、立たせるためのプランを立ててしまう。ご自身のお母さんに言うのでしょうか。「歩けるようにならないと、旅行に連れて行ってあげないよ」と。
在宅復帰支援に向けた「マネジメント」の仕組みをどう確立させて再現性を高めていくか
坂 私が介護事業所のコンサルティングを行っている中で最も留意している点を一つ挙げるとすれば、「チーム力・組織力を高めていく」ということです。まず、チームとして共通の目的があって、そのために、多職種がお互いの力や持っている情報を出し合い、活かし合う。そのような環境を如何につくっていけるかが、介護事業経営の鍵を握っているといっても過言ではないと考えています。
互いに情報を「連携」しているつもりが、いつの間にか限りなく情報を「横流ししている」だけの関係性になってしまう。結果として、組織としての力が100%発揮されていない現場に出逢うことも少なくありません。
老健施設であれば、組織として取り組むべき共通目的は、やはり「在宅復帰」でしょう。しかし、現場からは、できない理由が沢山でてくることがあります。各部署の責任者、リーダーの方々に、「在宅復帰の勘所」は何だと思いますかとお尋ねしても、答えが出てこない。
確かに、老健施設における在宅復帰の推進に向けた「マネジメント」は介護施設の中でも難しく、入退所のバランスのマネジメントに悩んでいるケースも少なくありません。仮に新規で5名入所したとします。短期集中リハの算定期間である3ヵ月後に5名が退所する。ただ、その3ヵ月後には新規入所者が3名しかない。そうした入所人数と退所人数のバランスを「マネジメント」できないまま在宅復帰の推進を行うと、稼働率が低迷して収益性が悪化してしまう。・・・現実には、このようなご相談が多いのも事実です。
このような「マネジメント」を、特定の相談員が神業のように悪戦苦闘されて個人の力量で回されているケースもあります。その場合、そうした相談員が異動したり退職したりしたために、総崩れとなってしまっているケースもあります。
問われるのは、在宅復帰支援に向けた「マネジメント」の仕組みをどう確立させて再現性を高めていくか、ということだと思います。
砂川さんは、これをどうマネジメントされているのですか?
砂川氏 3ヶ月という考え方に縛られてはいけないな、と思うのです。場合によっては4ヶ月の方があってもいい。そのほうが、その方のADLなど状態改善に繋がり、在宅復帰後のご自宅での生活が安定化されるのであれば、それでいい。
しかし、「この方はもう一ヶ月延ばしたほうがいいな」と判断できるのは、相談員に限らず、介護職、リハビリ職、ケアマネ等、それぞれの職種横断で利用者のことを分かっていないと、そのような判断はできません。
ここで大切になってくるのが、坂さんが指摘されたとおり「情報共有の仕組みづくり」です。ご本人やご家族の願い・現状の実態をチームで把握し、常に最新の情報に更新されていく「仕組み」です。ここが肝になります。
在宅復帰させようと思えば、ご家族側にも受け入れ体制が必要です。利用者ご本人のADLも、少し上げていく必要があります。
入所当初は、介護が必要であれば在宅ではみられないという不安感から、ご家族も在宅復帰をイメージできないことも少なくありません。しかし、ご本人もご家族も、人の気持ちというのは常に揺らぐものです。
例えば、特養待ちの入所者の方がいたとします。在宅でみることに限界を感じて、特養待ちで老健施設に入所されてきた方です。入所当初は、もう一度自宅に戻るという選択肢はご家族も考えていない。
入所1ヵ月後 | ご家族にお電話してみると、「少し落ち着きました。自分の時間もつくれるようになって」 |
入所2ヵ月後 | 「友人と出かける時間も増えてきました。時間だけではなく精神的にもゆとりが出てきました」 |
入所3ヵ月後 | 「最近、夜寂しくて。お父さん(利用者)の状態はいかがですか」 |
入所4ヵ月後 | 「このままお父さんを特養に入所させてよいのだろうか・・・最近そのことにすごく悩みます」 |
もしこのとき、こんな「提案」をしたら、どうでしょうか。
「特養に入所する前に一時的に1週間でも、自宅でご家族で過ごされる時間をとってみませんか。現在の介護度からすると、在宅サービスを利用すれば在宅でもお過ごしいただけるかも知れません。現在、リハビリにも積極的に取り組んでおられて、ADLも少し改善がみられていますので、ご家族の方の在宅介護の負担も軽減できるかもしれません」。
ご家族は、最初は無理だと思っていた在宅復帰が「できるのでは?」と思われるかもしれない。
家族の情報一つとっても、聞き取りを行い、それを専門職間で情報共有していくからこそ、老健施設として暮らしの提案が可能になるのではないでしょうか。しかし、このような情報共有が滞ってしまうと、スタッフの中で職種ごとに考え方がずれていってしまいます。
もちろん、一人ひとりの役割が重要であることは言うまでもありません。しかし、利用者の暮らしを支えていくために現場のケアの能力を上げようと思えば、一人ひとりの個の力では無理なのです。
そのために、まずご本人やご家族の目標、生活像を皆で共有すること。さらには、それらの暮らしの目標の実現に向けて職種間で情報共有を行い、ケア方法を統一すること。これが最も大切なことで、まさに「在宅復帰の勘所」はここにあるのだと思うのです。
坂 一人ひとりがパフォーマンスを発揮しようと思えば、チームとして、目の前の利用者一人ひとりの暮らしの目標と、そのために必要な情報が共有されていなければそうはならない、ということですね。
敬意を払っていれば、そんな質問や挨拶にはならない
砂川氏 言葉で言うと簡単なのですが、これが現場では結構難しい。
例えば、「Aさんにとっての目標は何だと思いますか?」と尋ねられたとき、リハビリスタッフは、「立てるようになること」と答えるかもしれません。介護スタッフは、「介助なしでトイレに行けるようになること」と答えるかもしれません。同じご利用者に対して、答えが割れるのです。
こういうことは、どのような職場でも普通にあるのではないでしょうか。これが目に見えない境界線を引いている。
もし、「元気になって、いつまでもトマトを育てること」だと皆が答えたら、どうなるか。現場のケアのアプローチは全く違ったものになります。なぜなら、サービスの提供云々に関係なく、誰かトマトの水やりに連れて行ってあげるかもしれない。
一人ひとりができることには、時間の制約があります。しかし、どのような目標を設定するか、それをどうチームで共有するかを工夫することで、現場の活動量、ケアのアプローチは全く違ったものになるのだと思うのです。
坂 よく、理解できました。「成果に繋がる取り組み」の肝が、まさにここにあるのだと思います。在宅復帰の推進に向けたマネジメントのチカラだと、思います。
私たちはよく、「原因が結果をつくる」と考え、「よい原因をつくるには、どうすればよいか」「よい原因を積み重ねれば、必ず結果はでるはずだ」と考えるものです。
それはそれで正しい考え方だと思いますが、同時に「目的・目標が結果をつくる」ということも、肝に銘じなければならないのだと思います。
そして、老健施設において、ご利用者のお一人おひとりの「暮らしの目的・目標」と言えば、計画書にどう落としていくのか・・・
砂川氏 そこが問題なのです。最初にご本人やご家族と面談したときに、「何をされたいですか?」と尋ねたとします。すると、ご本人さんはリハビリをするものだと思っているので、「リハビリしたい」などと回答される。計画書の目標欄には、「リハビリしたい」と書かれる。リハビリの目標が「リハビリしたい」なのです。こんなことが、普通にあるのです。
これは、リハビリスタッフとご利用者との最初の挨拶の仕方をみていてもすぐにわかります。
悪い例として以下のとおりです。
― はじめまして。私PTの砂川です。リハビリを担当させていただきます。いま、「体が痛いな」とか、「○○しにくいな」といったことありますか?一緒にリハビリがんばりましょう!
良い例は以下のとおりです。
― はじめまして。砂川と申します。○○さんにとっての今後の暮らし方を、一緒に考えさせていただきたいと思います。いまは難しくても、いずれは「○○したいな」「こんなことはできないかな」「できたらよいな」と思う「暮らし方」ってありますか。その暮らし方が叶うようにサポートさせていただきます。
当法人においては、このように自己紹介の仕方を徹底して教育しています。単なる顔合わせの自己紹介ではなく、「セラピストの役割は何か」を考えながら自己紹介を行うことが重要だということです。その方の人生や尊厳に敬意を払っていれば、さきほどの悪い例のような質問や挨拶にはならないはずです。
坂 確かにそうですよね。自分に置き換えても、私だったら、どうでしょうか・・・。「こんなことをして楽しかったと思ったこと、人生で大切にしてきたことは何ですか。もう一度、それをやれるようになりましょうよ」と、そんな風に尋ねてほしいですね。
砂川氏 お一人おひとりの人生に対する尊敬が込められているかどうか、ということだと思うのです。
しかし、尊敬が込められた質問であれば、逆に簡単に答えられないでしょう。すぐには答えられないのです。ですので、改めて考えていただいて、本当に何をしたいのかを語っていただく。それは、年とともに変わるものですし、気持ちに揺れ動きもあります。
重要なことは、いくらご本人が語ってくださっても、私たち自身が常にそのようなことを考えていないと、受け止めることができないということです。「人生をどうしたいのか」、それを受け止める感性は、常に自分自身にも問いかける。そんな私たちでなければ、できないのだと思います。
坂 介護の現場では、まだまだ疲弊感や閉塞感が消しきれていないように思います。それが、どこから来るのか。制度に縛られている中で、組織を守るためにトップは何をしなければならないのか。本日のお話は、それに対するヒントがあったのではないかと思います。
砂川さんには本当に無理をお願いして、在宅復帰のノウハウを実践していく研究会のプロデュースをお願いしました。
2019年12月にスタートする、「在宅復帰支援 研究会」。成果のあがるマネジメントの具体論は、研究会にて詳しくご紹介いただき、ご参加の皆さまとともに実践していきたいと思います。
本日は、まことにありがとうございます。老健施設の「在宅復帰支援 研究会」
リハビリ専門職と介護職の連携・協働
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