目標管理(MBO)を評価の道具で終わらせない。バラバラの個を「自律した組織」へ変えるマネジメントの本質

近年、中堅・中小企業を取り巻く経営環境は厳しさを増しています。加速する人手不足、高騰する原材料費、そして度重なる賃上げへの対応。経営者や人事責任者の皆さまは、「いかにして業績を向上させ、次世代を担う人材を育成するか」という難題に、日々愚直に向き合われていることでしょう。

「会社を成長させるために、もっと社員一人ひとりに自律して動いてほしい」
「しかし、現実は目の前の業務をこなすだけで精一杯。目標管理制度(MBO)を導入してはいるものの、出てくるのは『評価のための低い目標』ばかりで形骸化している」

このような悩みを抱えている企業は少なくありません。

本レポートでは、多くの企業で目標管理(MBO)が形骸化してしまう「不都合な真実」とその構造的要因を解き明かします。リソースに限りのある中小・中堅企業が、現場の「低い目標への逃げ」を打破し、バラバラの個を自律した組織へと変革するためのマネジメントの本質と、具体的なアプローチをわかりやすく解説します。

目標管理(MBO)が抱える「不都合な真実」

多くの企業が導入している目標管理(MBO)ですが、その多くが現場の不満を生み、形骸化しているのが実態です。なぜ、導入した仕組みが組織の停滞を招いてしまうのでしょうか。そこには、言葉の誤解と制度設計の歪みが絡み合う「不都合な真実」が存在します。

「管理」という誤訳が、制度の形骸化を生む

ピーター・ドラッカーが提唱した「MBO(Management by Objectives)」。日本語では一般的に「目標管理制度」と訳されますが、ここに最初の落とし穴があります。

「マネジメント(Management)」の語源である「マネージ(Manage)」とは、本来「一見不可能だと思われるような事柄を、様々な工夫を凝らしながら何とか達成する」という意味を持っています。決して、人を監視したり、統制したり、細かくチェックしたりするための言葉ではありません。

つまり、MBOの本質とは、「人と仕事をうまく結びつけるための考え方であり、方法論」なのです。

成果主義ではなく「目標達成主義」という歪み

MBOが機能しなくなる最大の原因は、「本来マネジメントのツールであるMBOを、そのまま人事評価(処遇決定)のツールに直結させてしまっていること」にあります。

明確な実績ベースで測る「成果主義」とは異なり、MBOを評価に直結させると「目標達成主義」に陥ります。目標の「達成度」がそのまま給与や賞与に反映されるとなれば、社員の心理として確実に達成できる低い目標を立てようとします。

【社員の脳が持つ防衛本能】

人間の脳は本質的に変化を恐れ、ルーティンを好み、異変を嫌う性質があります。そのため、評価に直結した瞬間に低い目標を選びがちになります。これは怠慢ではなく、人間の防衛本能によるものです。
結果として、チャレンジ精神旺盛な社員が「高い目標を掲げて未達に終わり、評価が下がる」一方で、低い目標を掲げて高い達成率を出した方が評価され、現場に不公平だという不満を招き、形骸化してしまいます。これが、多くの現場でMBOがうまく運用できなくなる背景にある歪みの本質です。

社員の目標が低いのは「組織の構造的な問題」である

「うちの社員には主体性がない」「現場のマネージャーの熱量が足りない」と、個人の根性論に帰結させては何も解決しません。社員が高い目標を立てられない背景には、経営戦略の浸透度や組織体制といった、明確な「構造的・仕組みの欠如」があります。

MBOを機能させるためには、以下の3つの要素が組織のルーティンとして回っていなければなりません。

  • 計画・実行・振り返りのサイクル(会議体などのルーティン)
  • 運用のルール・ワークフロー(仕組みづくり)
  • 上司と部下のコミュニケーション(目標の意味づけと納得感)

特に中堅企業において致命傷となりやすいのが、「経営戦略と個人の目標が完全に断絶している」という問題です。

数字の分解だけでは、社員にストーリーが届かない

多くの企業で、当期の事業計画や数値目標(売上・利益など)が存在します。しかし、それをただ組織の末端へ「数字を分解して配分するだけ」になっていないでしょうか。

社員が知りたいのは、財務諸表の数字そのものではなく、「社長が今、何を考えているのか」という経営者の意図や考えです。

  • トップの方針(戦略計画):どの重点分野に力を注いで成果を出すのか
  • 組織の体制:それを実現するために、どの部門にどんな役割や権限を付与するのか

これらが一貫したストーリーとして整理され、共有されて初めて、社員は意図を理解して動くことができます。この方針共有やベクトル合わせがないまま目標の提出を義務付けるからこそ、現場は「どういう目標が妥当なのかわからない」「目標が立てられない」という状況に陥るのです。

「ノルマ」を自律的な「目標」に変える2つのポイント

他者からの命令で動く「他律的」な組織から、自らの意思で粘り強く取り組む自律的(セルフコントロール)な組織へ脱却するためには、リーダー(経営者・管理職)によるアプローチが不可欠です。

一方的に数値を割り当てるだけのノルマではなく、社員が自発的に背伸びをしたくなる目標にするためのポイントが2つあります。

  • ポイント①:そもそもなぜやるのかという「目標の意味づけ」ができているか
  • ポイント②:努力すれば一定の「達成できそうだという見通し」があるか

ポイント①:外発的動機付けの罠と「内発的動機付け」

目標に意味づけをする際、最も陥りやすいのが「これを達成したらインセンティブを出す」といった外発的動機付け(金銭的報酬)に頼りすぎることです。

外発的動機付けには、2つの大きなリスクがあります。

  1. 「そうじゃないと動かない人間」を量産する
    外発的動機付けばかりの話をしてしまうと、「そうじゃないと動かない人間」を量産する仕組みができあがります。実際に、会社が変革を試みるたびに「手当は出るのか?」と口にする社員が多数いる会社もあり、組織を動かすその都度、追加のコストが発生する状況に陥ります。
  2. 自発的にやっている社員の意欲を削ぐ
    自ら進んで頑張っていた社員に対し、外発的動機付け(報酬)をすることで、やる気が削がれてしまうことがあります。努力が金銭的な価値に置き換わった瞬間に、意欲が低下してしまう現象です。

だからこそ重要なのが、会社が成し遂げたいことと、個人が実現したいこと・大事にしていることをリンクさせる内発的動機付けへのアプローチです。上司はこの「ジョイント作業」を丁寧に行わなければなりません。

ポイント②:努力すれば手が届くという「見通し付け」

もう一つのポイントは、目標達成までの手順や段階が明確であり、「これならやっていけそうだ」と本人が見通しを持てていることです。

そのためには、上司と部下の間で具体的な手段を話し合う必要がありますが、特に意識したいのが以下の3つのアプローチです。

  • 仕事の面白さを実感させる
  • 小さな成功体験を積ませ、「有能感」を醸成する
  • 阻害要因を除去・排除する

仕事の面白さを実感させたり有能感を醸成したりすることは簡単ではありません。しかし、形式的な稟議や形骸化したプロセス、過度な社内調整など、仕事の意欲を削ぐ阻害要因を排除することであれば、比較的取り組みやすいはずです。できない人がより効果的に動けるよう、まずは足元の阻害要因を減らすことから始めるのが有効な手法です。

中堅企業が取るべき、MBO運用の現実的な選択肢

リソースが限られている中堅企業が、大企業のような重すぎる仕組みをそのまま運用しようとすると、継続できずに直面する壁が多くなります。自社の規模やフェーズ、事業特性に合わせて、以下の3つのパターンから自社に最適なあり方を選択する必要があります。

  • パターンA:MBOを「人事評価」の対象外とする(マネジメント特化)
    目標のばらつきや低い目標の設定を防ぐために、思い切って目標管理自体を人事評価の対象外(あるいは間接的な活用や加算事項に留める)とし、純粋なマネジメントツールとして活用する方法です。この場合、評価の基準には「共通の評価スケール」や「定められた実績値」、あるいは「役割の遂行度(行動や役割を果たせたか)」を用います。
  • パターンB:個人目標に落とし込まず、チーム(部門・課)目標で評価する
    個人ごとの目標設定ではなく、「部門や課で立てた目標を、所属するメンバー一律で評価する」という方法です。同じ部門として同じ目標を共通できるメリットがあります。ただし、何もしないと「フリーライダー(自分は取り組まなかったが部門の結果が出た人)」が発生するため、部門長が個々人の「目標への関与度や貢献度」を評価して差をつける仕組みをセットで導入します。
  • パターンC:達成すべき成果勝ち方が明確な事業なら「独自の評価基準(スケール)」を作る
    例えば、保険代理店では「保険の契約件数」のように、KPIや追うべき数値、あるいは経験年数に応じた基準がある程度想定できる業界(単一事業など)であれば、目標管理という厳密な形にとらわれず、あらかじめ設定した「共通の評価スケール(5段階や7段階など)」に基づいてダイレクトに実績を評価する方がシンプルで効果的です。

「戦略的な中長期目標」へリソースを優先配分せよ

多くの企業でイノベーションが起こりにくく、組織が硬直化していく背景には、もう一つの構造的罠があります。それは、「目の前の業務(短期目標)を優先し、余った時間で中長期的な課題に取り組もうとする」という失敗パターンです。

  • よくある失敗パターン:目の前の業務を優先し、余った時間で中長期の目標や業務に取り組む。
  • 目指すべき配分パターン:可能な限り中長期目標の達成に向けて経営資源を優先的に配分し、その視点の上で「残された日常の短期目標をどれだけ効率的に達成するか」を考える。

現行の事業で成果が出ている会社ほど、この罠に陥りがちです。現行システムを守っている方が収支が出るため、新たな取り組みを避け、現状維持を最優先する方向へと社員の意識が傾いてしまうのです。

業績が低迷してから新たな挑戦をしようとしても、すでに余力を失っており、建て直しは極めて困難です。そうなる前に、目標管理を使って「将来に向けた戦略目標(体制・能力強化など)」に切り込んでいくことが不可欠です。

変革の土台は、経営者とミドルマネジメントの「信頼関係」

どれほど立派な仕組みを導入したとしても、うまくいく会社といかない会社には、決定的な違いがあります。それは、土台となる信頼関係が築けているかどうかです。

信頼関係が損なわれている状態では、どんなに良い制度を入れようとしてもマイナスに捉えられてしまいます。経営者、幹部、管理職自身のマインドセットが自責的・利他的であることが、信頼関係のベースになります。

評価表は「最高の教材」である

人事評価表をただの判定ツールにするのではなく、組織の活性化を促す教材として使うことも手です。例えば、評価項目の中に「経営理念」や「ミッション・ビジョン・バリュー」に関する項目があるなら、経営者自らが講師となって「評価結果が高まるように、どういった取り組みが大事なのか」を伝え、グループワークなどで各自の取り組みを発表させるといった相互学習の場を作ります。定性的な部分や数字で表せない役割を言語化することで、行動改善を促しやすくなります。

ミドル層(中間管理職)の共感を生む会議体へ

中長期的な戦略目標を実行していくのは中間管理職(ミドル層)です。現場で見えている制約条件を本社や経営陣にフィードバックできる仕組みとセットでなければ、目標管理は戦略と結びつきません。

結果のみを報告させて未達を叱責するような会議は無意味です。「想定通りに進んでいない場合に、次にどうやって何をするのか」という先々の手を打つための発言を求め、参加者全員で提案やアドバイスを行う会議体へと変えていくことが、目標管理を戦略に直結させる鍵となります。

MBOを「自律した組織」へのエンジンに変える

目標管理(MBO)は、報酬決定のツールではなく、業績向上と人材育成を同時に実現するためのマネジメントのエンジンになるものです。

  1. トップの意思を言語化し、一貫したストーリーとして共有する
  2. 目標を人事評価に直結させず、チーム目標の活用や評価基準の工夫を検討する
  3. 外発的動機(手当など)に頼りすぎず、信頼関係と心理的安全性を土台にする

自律的な組織を作るための仕組みづくりや定着には、根気が要り、2年、3年と時間がかかるものです。行動を起こさない社員を置き去りにせず、一歩を踏み出させる徹底力も求められます。

「自社に合わせた目標管理の取り入れ方・改変の仕方に悩んでいる」
「今の運用のままでいいのだろうか?」

社内のリソースやノウハウが限られる中で、次の一手に迷われている経営者・人事責任者の皆さま、ぜひ一度、私たち日本経営にご相談ください。私たちは、経営者の戦略や想いを現場の役割へとつなぐストーリーとして言語化し、自律した組織づくりに向けて、設計から運用まで内側から伴走いたします。

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本稿の監修者

玉利 裕希(たまり ゆうき)
株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部

新卒で日本経営に入社後、人事コンサルティングを中心とし、人事評価制度の導入・見直し、賃金制度の改革、 M&Aにかかる人事・労務デューデリジェンスなどの業務に携わる。その他、看護学校設立の是非を検討する調査業務、経営計画策定や収益改善を経験。また、役職者に対する研修の講師を務めるなど幅広く活動している。

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