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【介護福祉業界の未来戦略】人件費7割超を「コスト」から「戦略的投資」に変える人事制度の再構築

  • 業種 介護福祉施設
  • 種別 レポート

「売上は横ばいなのに人件費だけが高騰し、利益を圧迫している」「採用してもすぐに辞めてしまい、コストだけがかさむ」。多くの経営者様が抱えるこの悩みは、もはや現場の努力だけでは解決できない構造的な課題です。最低賃金1,500円時代への突入を見据え、人件費率70%という経営の「危険水域」を回避するためには、人事制度の抜本的な再構築が不可欠です。

本レポートでは、高騰し続ける人件費を単なる「コスト」として削減するのではなく、法人を永続させるための「戦略的投資」へと転換する具体策を提言します。制度疲労を起こしている旧来の年功序列システムから脱却し、職員の意欲を高めながら組織の生産性を向上させる、次世代型の組織づくりへの道筋を、成功事例を交えて解説します。


介護福祉業界を取り巻く「3つの危機的外部環境」

人事制度の見直しに着手する前に、まずは私たちを取り巻く経営環境を客観的な数字と事実に基づいて正しく認識する必要があります。これまでの常識が通用しない「構造変化」が起きています。

1.収益構造の悪化と人件費率「70%」の壁

近年の物価高騰や最低賃金の上昇、および人材不足による採用コストの増加により、経営状況は厳しさを増しています。黒字法人の割合は減少し、平均利益率が低下する一方で、人件費率は上昇の一途をたどっています。
ここで注目すべきは「人件費率」です。業界全体の平均は約67%ですが、赤字法人の平均値を見ると70%を超えています。つまり、人件費率70%という数字は、経営の持続可能性を脅かす
「危険水域」であり、このラインを超える前に構造的な改革を行わなければ、法人の存続そのものが危ぶまれる状況です。※1

2.最低賃金1,500円時代へのカウントダウン

政府は最低賃金の全国加重平均を1,500円にするという目標を掲げています。仮に2030年にこれ
を達成しようとすると、毎年約6%の賃上げが必要となります。実際に今年度の引き上げ率も約
6%で推移しており、来年度以降も同様の上昇が見込まれます。
これを具体的な数字でシミュレーションすると、所定労働時間が月160時間の法人では、最低賃
金が1,500円になった場合、月給換算で24万円になります。これは、初任給だけの問題ではあり
ません。初任給が上がれば、既存職員の給与テーブル全体を見直さなければならず、法人全体

の人件費総額に甚大なインパクトを与えます。その場しのぎの対応ではなく、継続的な賃金上
昇を前提とした制度設計が不可欠です。

3.「選ばれる職場」のハードルと採用市場の激変

かつてのような「終身雇用」の価値観は、介護業界においても崩れつつあります。介護職への転職者の75%は異業種からの参入であり、他産業の経験者が流入しています。さらに、スポットワーク(単発バイト)の普及やSNSにより、他法人の給与や働き方が容易に可視化されるようになりました。
これにより、職員は自法人と他法人を比較し、「隣の芝生は青い」と感じる傾向が強まっています。「ここにいて大丈夫だろうか」という漠然としたキャリア不安が芽生えやすく、転職への心理的ハードルが下がっています。特に、人間関係の希薄化や指導文化の喪失は離職の大きな要因となっており、採用してもすぐに辞めてしまうという悪循環、いわゆる「採用コストの浪費」が発生しています。

貴法人の制度は機能しているか?「制度疲労」の5つの兆候

外部環境が激変しているにもかかわらず、人事制度が昔のままであれば、組織に歪みが生じるのは必然です。これを「制度疲労」と呼びます。以下の5つの項目のうち、1つでも当てはまる場合は、制度が現状に合っていない可能性が高いと言えます。

兆候1:10年以上給与テーブルを見直していない

かつて主流だった「年功序列型」の賃金制度は、採用時の賃金を低く抑え、長く勤めることで昇給額が高くなる設計でした。しかし、現在は採用時の最低賃金(始点)が強制的に引き上げられています。それにもかかわらず、昇給カーブ(傾き)を昔の高い水準のまま維持すれば、人件費は膨張する一方です。

本来であれば、始点を高くする分、昇給額の傾きを緩やかにする、あるいは、役割が変わらなければ昇給をストップさせる「現行上限型」や「先立ち型」といった制度への移行が必要です。これを行わずに運用を続けると、新人とベテランの給与が逆転するなどの歪みが生じます。

兆候2:処遇改善加算の配分ロジックを説明できない

処遇改善加算が一本化された現在でも、旧制度のルールのまま支給しているケースが見受けられます。その結果、勤続10年以上の介護福祉士だけに配分が偏り、当初の設計意図とは異なる給与の逆転現象が生じている場合があります。

兆候3:評価が「賞与査定」のためだけに行われている

評価制度を導入していても、その目的が「ボーナスを決めるため(査定)」だけになっていないでしょうか。定量的な成果が見えにくい介護現場において、無理な相対評価や査定ありきの運用は、職員の納得感を低下させます。評価の本来の目的は「理念の浸透」と「人材育成」です。育成につながらない評価制度は、形骸化するだけでなく、組織の活力を奪います。

兆候4:頑張る人と頑張らない人の給与が変わらない

「頑張っている職員に報いたい」と言いつつ、年功序列の運用が続いていることで、優秀な若手リーダーよりも、責任の軽いベテランの一般職のほうが給与が高くなるという現象が生じています。また、「頑張る」の定義が曖昧で、管理者個人の主観で評価が決まっていることも問題です。このような状況が続けば、意欲ある職員のモチベーションは低下し、離職へとつながります。

兆候5:リーダーや管理職になりたがらない職員が多い

「最近の若手は上昇志向がない」と嘆く前に、組織の現状を直視する必要があります。現場で疲弊しきった上司の姿を見て、部下が「あんなふうにはなりたくない」と感じるのは当然の反応です。役職者に抜擢されても十分な教育がなく、丸投げの状態では、負担ばかりが増えて割に合いません。「役職者になって3年で辞めるくらいなら、10年間一般職のままでいい」という声すら聞かれます。これは職員の意識の問題ではなく、魅力的なキャリアパスを提示できていない制度の欠陥です。


戦略的人事制度改革への処方箋

これらの課題を解決し、人件費をコストから投資へと変えるためには、以下の3つの視点に基づ
いた制度改革が必要です。

1.等級制度(キャリアパス)の再構築:役割と成長の地図を示す

等級制度は、職員が組織の中でどのように成長していくかを示す地図です。まず、多様な働き方を認める「複線型人事制度」の導入を検討します。すべての職員が管理職を目指す必要はありません。「マネジメントコース」だけでなく、現場のプロフェッショナルを目指す「専門職コース」や、プライベートを重視する「限定正社員コース」など、個人の価値観に合わせた選択肢を用意します。

その上で、各等級に求める「役割」と「能力(コンピテンシー)」を明確に定義します。「頑張る」とはどういうことなのか、法人としての基準を言語化し、職員に示すことが重要です。

2.賃金制度の再構築:メリハリのある配分と持続可能性

賃金制度改革の肝は、人件費という限られた原資を、法人のメッセージを込めて配分することです。

  • 基本給:採用競争力を維持するため、地域の相場に劣らない水準に設定します。その上で、役割が変わらない限り昇給が頭打ちとなる仕組みを導入し、人件費の膨張を防ぎます。
  • 手当:属人的な手当(家族手当など)は見直し、役割や職務に対する手当へとシフトします。メッセージの伝わらない手当は廃止し、基本給に組み込むことで公平性を高めます。
  • 賞与:業績連動型への移行を進めます。都市部では賞与原資を月給に回す動きも加速しています。経営状況に合わせてコントロール可能な仕組みとすることが、法人の安定経営につながります。

3.評価制度の再構築:育成と対話を主眼に置く

評価制度がうまくいかない最大の原因は「複雑すぎて運用できない」ことにあります。

管理者の負担を減らし、制度の形骸化を防ぐために、評価制度を可能な限りシンプルにします。例えば、評価項目を「理念・行動評価(コンピテンシー)」と「目標達成度」の2つに絞ります。そして、評価結果を給与に反映させること以上に、評価を通じた「フィードバック面談」を重視します。

上司と部下が対話し、成長課題を共有するプロセスこそが、人材育成の核心です。


成功事例:離職率を9%改善した社会福祉法人の挑戦

最後に、実際に人事制度改革に取り組み、劇的な成果を上げた法人の事例を紹介します。売上規模約20億円、50年の歴史を持つある社会福祉法人では、地域での評判は良いものの、内部では「離職率の高さ」と「次世代リーダーの不在」という深刻な課題を抱えていました。

改革のプロセス:

  1. 次世代メンバー主導のプロジェクト:経営陣だけで決めるのではなく、次世代を担う職員が中心となって制度設計を行いました。
  2. 複線型キャリアパスの導入:多様な働き方を認めるとともに、役割定義を明確にし、将来像を描きやすい仕組みを整えました。
  3. 中途採用者の視点を活用:外部から来た職員に法人の弱みや課題をヒアリングし、職場環境の改善につなげました。
  4. 育成プログラムの策定:評価制度と連動した研修計画を立て、長期的な視点で人材を育成しました。

改革の成果:

この取り組みの結果、2年間で離職率は約9%改善しました。さらに、内部から3名の主任を登用することに成功し、新規施設の開設を生え抜きの幹部で実現することができました。この事例は、制度を変えるだけでなく、運用を通じて組織風土を変えることの重要性を物語っています。


おわりに:次の一歩を踏み出すために

人事制度改革は、単に就業規則や賃金表を書き換える作業ではありません。法人が目指すビジョン(理念)を実現するために、どのような人材を求め、どのように報いるのかという「経営の意思」を明確に示す取り組みです。
「仕組み(ハード)」を変えることは重要ですが、それ以上に重要なのは「運用(ソフト)」です。どれほど完成度の高い制度を構築しても、現場での対話やフィードバックが機能しなければ、絵に描いた餅に終わります。
まずは、自法人の現状を正しく把握することから始めてください。

  • 現在の賃金水準は地域の相場と比べてどのような状況にあるか?
  • 職員の年齢構成や人件費の推移はどのように変化しているか?
  • 職員は、現在の評価やキャリアパスに納得しているか?

これらの問いに向き合うためには、財務状況の分析や職員アンケートなどを活用し、現状分析を行うことをお勧めします。
人件費7割という数字を恐れるのではなく、その7割の「人」という資源を最大限に活かすことこそが、これからの介護福祉経営の勝負所です。本レポートが、皆様の法人の新たな一歩となることを願っています。

※1参照元「2023 年度 社会福祉法人の経営状況について」P4
https://www.wam.go.jp/hp/wp-content/uploads/250311_No013.pdf

【2030年問題への備え】次世代に残せる組織基盤を構築するために

本レポートで解説した通り、人事制度改革は単なる賃金表の改定ではありません。「人件費シミュレーション」による財務的裏付けと、「職員との対話」による風土改革が不可欠です。
日本経営の人事・賃金制度構築コンサルティングでは、貴法人の現状分析から制度設計、そして運用定着までを「経営の実装」として伴走支援します。 単なるテンプレートの導入ではない、貴法人の理念と財務状況に即した「改革の具体的なプロセス」や「支援メニューの詳細」は、下記サービスページよりご確認ください。

本稿の執筆者

尾花 龍(おばな りゅう)/株式会社日本経営介護福祉コンサルティング部

「誰もがその人らしく暮らすことを選択できる社会の実現」をMissionに、介護福祉のコンサルティングに従事。専門分野は、人事制度構築や考課者研修など、組織機能改善。法人に合った制度を構築し、「法人の未来づくり」をご支援する。

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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