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2025年最低賃金改定への対応:単なる法令順守を超えた戦略的変革へ

  • 業種 病院・診療所・歯科
  • 種別 レポート

はじめに:避けられない潮流–なぜ今回の賃上げは単なるコスト増ではなく、戦略的転換点なのか

「またか…」。全国の最低賃金が過去最大幅で引き上げられるというニュースに、今年もまた、多くの経営者の方が重いため息をついているのではないでしょうか。
どうしたものかと考えてみた結果、対象となる従業員の時給を機械的に引き上げるだけで乗り切ろうとしていませんか?しかし、こうした単純な対応は、意図せずして負の連鎖を引き起こす可能性があります。例えば、経験豊富なベテラン従業員のモチベーション低下や、収益性の悪化、さらなる人手不足の深刻化などです。このコラムでは、こうしたその場しのぎの対応がいかに不十分であり、組織にとっての危機にさえなりうるのかを説明していきます。

【第1章】新しい経済的現実:2025年最低賃金改定の解剖と、その即時的な影響

避けられない数値的現実

2025年度の最低賃金は、全国加重平均で1,121円に達する見込みです。これは前年度から過去最大となる66円の大幅な引き上げです 1。約6%という引き上げ率は、過去に例を見ない規模で、企業の収益構造に直接的な影響を与えるでしょう 。

※1.引用文献:厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金の全国一覧」

さらに、これまで最低賃金が1,000円を下回っていた31県を含め、全国47都道府県すべてで時給が1,000円を超える見通しです 。2023年には8都府県、2024年には16都道府県であったことを考慮すると、この変化の速度は驚くべきものです 。これは歴史的な転換点と言ってよいでしょう。これにより、全国規模での人材獲得競争が、一層激化することは避けられません。

重要なのは、これが今回限りの出来事ではないという点です。政府は「全国加重平均1,500円」という長期目標を掲げており、今回の改定は、今後も続く持続的な賃金上昇トレンドの序章に過ぎないことを示唆しています。最低賃金の問題は、もはや毎年対応すべき単なる人事業務ではありません。今や、事業モデルの根幹に関わる恒久的な戦略課題へと変化しています。企業は、「今年度のコスト増をどう吸収するか」といった短期的な視点から、「高コストの労働市場でいかに成長していくか」という長期的な事業再設計へと、発想の転換を迫られているのです。

【第2章】単純な解決策の落とし穴:なぜ一律の賃上げだけでは不十分なのか

最低賃金改定への対応として、基準値を下回る従業員の時給だけを引き上げるという戦術は、一見、最もコストを抑えた合理的な判断に見えます。しかし、この対応が生み出す「賃金格差の圧縮」こそが、組織を蝕む一因となってしまうのです。

長年の勤務を経て、ようやく時給1,160円に到達したベテラン従業員を想像してみてください。最低賃金の改定により、昨日入社したばかりの新人が時給1,130円を得るようになったとしたら、そのベテラン従業員はどう感じるでしょうか。自身の経験、スキル、そして会社への貢献が、わずか30円の差にしか評価されていないという現実は、深刻な不公平感を生みます。これは、単に感情的な問題にとどまりません。自身の価値が正当に評価されていないという認識は、最も価値のある従業員層のモチベーション、エンゲージメント、そして士気を根底から蝕むのです。

モチベーションを失ったベテラン従業員は、自発的な貢献や改善提案といった行動を控え、「言われたことだけをやる」状態に陥るかもしれません(いわゆる「静かな退職」)。あるいは、より自身の経験を正当に評価してくれる企業を求め、積極的に転職活動を始める可能性もあります。

結果として、企業は最も失ってはならない人材、すなわち、組織固有の知識や高度なスキルを持つ従業員の離職率上昇という事態に直面します。彼らの後任を採用し、育成するためにかかるコストは、多くの場合、より戦略的な賃金調整を行うコストをはるかに上回るでしょう。

したがって、正しいアプローチは、単に賃金の「床」を引き上げるだけでなく、公正でモチベーションを維持できる賃金格差を保つために、賃金構造全体を比例的に調整する「底上げ」を行うことなのです。これには、場当たり的な対応ではなく、戦略的な計画が不可欠となります。

多くの経営者の方は、最低賃金引き上げのコストを、対象となる従業員の賃上げ分だけで計算してしまいがちです。しかし、これは「目に見えるコスト」に過ぎません。真のコストは、内部の公平性を保ち、ベテラン層のモチベーション低下を防ぐために必要となる、全従業員に対する「底上げ」調整分を含んで初めて算出されます。この「隠れたコスト」を見過ごすことは、財務的影響の過小評価につながるだけでなく、組織崩壊という巨大なリスクを内包します。短期的に最も安価に見える解決策(最低賃金層のみの賃上げ)が、長期的には最も高くつく選択となる可能性が高いのです。この認識こそが、戦略的人事改革の第一歩なのです。

【第3章】変革のエンジン: 戦略的人事制度の設計と導入

では、どのような対応が求められるのでしょうか?それは、場当たり的な対応をやめ、貢献を正当に評価するための、明確で公正な「ものさし」を構築することにほかなりません。その設計図となるのが、戦略的な人事制度です。

健全な人事制度は、以下の三位一体で構成されるべきだと考えます。

      1.等級制度:組織内における貢献と責任のレベルを定義する、評価の「骨格」。
      2.人事評価制度:従業員がその役割をどの程度遂行しているかを測定する、評価の「心臓部」。
      3.賃金制度:等級と評価結果に基づいて報酬を決定し、貢献に報いるための「血液」。

これら3つの制度が、企業のビジョンや戦略と連動して初めて、組織は機能します。特に人事評価制度は、経営トップの方針を個人の目標に落とし込み、行動変容を促し、最終的に処遇へと結びつける、変革のエンジンとなる最も重要なツールなのです。

この「ものさし」の根底には、「人(能力)・仕事(役割)・賃金(対価)」の三者が均衡するという絶対的な原則が不可欠です。このバランスが崩れた時、不公平感につながります。貢献という「仕事」に対して「賃金」が見合わない、あるいは個人の「能力」に対して「仕事」が与えられない。これらの不均衡こそが、優秀な人材のモチベーションを奪い、組織を停滞させる根本原因なのです。

【第4章】自己診断 — あなたの組織は、崩壊の危機に瀕していませんか?

自社の「ものさし」が正しく機能しているか、あるいは既に崩壊の危機に瀕しているのか。
以下の3つの問いに、ぜひ答えてみてください。

  • 問い1(役割の明確化)
  • 問い1(役割の明確化) 「もし今、あなたの会社の課長2人をそれぞれ別の部屋に呼び、『あなたに期待されている役割は何ですか?』と尋ねたら、彼らは即座に、かつ『同じ内容』を答えることができるでしょうか?もし答えがバラバラなら、あなたの組織は羅針盤がない航海のようなものです。」
  • 問い2(方針と評価の連動)
  • 「貴社の人事評価は、『従業員の評価は全体的に高いのに、なぜか会社の業績は上がらない…』という奇妙な矛盾を抱えていませんか?それは、評価の『ものさし』が、会社の目指すゴールとは全く違う方向を向いている証拠です。」
  • 問い3(賃金決定プロセスの説明責任)
  • 「もし、あなたが最も信頼する従業員から『なぜ、私の給与はこの金額なのですか?』と真剣に問われた時、あなたは会社の明確なルールを示し、論理的に説明し、その従業員を完全に納得させることができますか?それとも、『まあ、頑張っているから』といった曖昧な言葉で、その場を濁してしまいがちでしょうか?」

一つでも胸を張って「Yes」と答えられないなら、貴社の人事制度は既に崩壊の危機に瀕しているのかもしれません。

【結論】行動への呼びかけ — 未来を築くための第一歩へ

最低賃金改定は、単なるコスト増の問題ではありません。それは、あなたの会社に「貢献を正当に評価する仕組み」が存在するかを問う、経営の根幹に関わる試金石なのです。

このコラムで概説した人事制度の再構築は、複雑であり、専門的な知見を要します。一般的なテンプレートに基づいた自己流のアプローチは、企業の独自の文化や戦略的背景を考慮できないため、しばしば失敗に終わります。

この危機を、今後10年の競争優位性を築くための変革の好機と捉える経営者のために、私たちは特別セミナーを開催いたします。

このセミナーでは、このコラムで論じた「何をすべきか」から一歩踏み込み、「いかにして実行するか」という具体的な手法に焦点を当てます。貴社の人事制度を、場当たり的な対応の繰り返しから脱却させ、優秀な人材が定着し、自律的に成長する組織の基盤へと昇華させるための、実践的なロードマップを提供いたします。

変革への第一歩を、ぜひ私たちと共に踏み出してみませんか?

本稿の監修者

馬渡美智(まわたり みさと)
株式会社日本経営 組織人事コンサルタント

従業員数500名規模の事業所で、総務・人事業務に従事した後、日本経営入社。労務管理体制の調査・整備業務、組織活性化支援、人事制度の導入・運用支援、管理職研修、職員研修等に従事している。自治体の医療人材の流出入に関する調査も実施。社会福祉協議会、各種団体等での講演やセミナーも多数行っている。社内においては、子育てをしながら経営コンサルタントとして働くモデル人材として活躍。社会保険労務士有資格者。

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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