“地域共生社会”を見据えた”PX視点でのKPIマネジメント”
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
2024年4月に弊社お役立ち情報で下記レポートを公開しました。
【患者経験価値を実現する医師マネジメント/Ver.2024】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-86913/
このレポートでは、令和6年度診療報酬改定が“組織マネジメント力で差がつく診療報酬改定”だったことを踏まえて、患者経験価値(以下、PX:Patient Experience)を向上させるマネジメントが必要なことを以下のように主張しました。
“PXの視点でマネジメントしていなければ病院経営が成り立たなくなる診療報酬改定”だったと言えるでしょう。なぜなら、平均在院日数とは「早く自宅に帰ることのできる期間」というPXを軸にしたKPIだからです。
この“PX視点でのKPI設定”は、医師マネジメントにおいて非常に重要な論点となります。そこで、先日公開した弊社お役立ち情報の下記レポートを踏まえて、今後の“地域共生社会”も視野に入れて、“PX視点でのKPI設定”について論考してみます。
【地域共生社会を創造するための病院経営戦略】
~“4つの経営機能”を活かした医療MaaS・DXの実現~
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-114097/
粗利をどう創出するか?
まず病院におけるKPI設定の考え方について考えてみます。病院経営に限らず事業における現場のプロセス指標としてのKPIを考える際には“粗利”が重要となります。固定費は現場の従業員ではコントロールしづらい内容です。経営判断としては重要な論点となりますが、組織マネジメント上のKPIを設定するには“自身でコントロールできる指標をKPIとする”ことがポイントです。
そこで、自身でコントロールできる粗利を向上させるKPIが重要となります。主に急性期病院での収支ツリーをもとに粗利向上のメカニズムを可視化すると下図のようなイメージになります。
上図のように収支構造をツリー化すると売上については「新入院患者数」「DPC入院期間Ⅱ以内割合」「高額な手術・処置等の件数」が影響し、費用については医薬品・医療材料などの「材料費の単価および数量」となります。
以前弊社お役立ち情報で公開した下記レポートのように物価高騰の影響を受けて、粗利を踏まえた“損益基準”のマネジメントは必須になってきています。
【物価上昇に対応する“損益”を軸にした医師マネジメント】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-113337/
KPIのPX上の意味を考える
こうした粗利向上につながるKPIをマネジメントの基軸に置くことが重要ですが、それだけでは医師をはじめとした医療職の納得感にはつながりません。納得感が醸成されない場合は、“KPIが単なるノルマ”とみなされ、従業員が内発的に取り組もうという状況にはならず、短期的にKPIを目標達成したとしても、それを持続することは難しくなります。
以前のレポートでもお伝えしましたが、組織マネジメントの領域でも、従来の“職員満足度”から“ワーク・エンゲイジメント”へトレンドが変わってきています。令和6年度版厚生労働白書(※ⅰ)でも“「働きがい」と「働きやすさ」が実現できる職場環境”の重要性がうたわれており、その中で「働きがい」を示す指標の一つとしてワーク・エンゲイジメントが取り上げられています。ワーク・エンゲイジメントとは、組織・法人⇔従業員の双方向の信頼性が高まり、結果として“活力”“熱意”“没頭”などの働きがいが高まった状態です。まさに、KPI設定においても医師を含む医療職が納得し、“活力”“熱意”“没頭”などの働きがいを高めるような動機づけが重要となります。このように “採算性とワーク・エンゲイジメントの両立”が命題になります。
医療職が日本における従来型の他の産業と異なるのは、ライセンスを取得後に勤務先を決めており、ジョブが明確になっている点です。つまり、「患者のために役立ちたい!」や「地域へ貢献したい!」という職業(ジョブ)志望を学生時代に明確にして、その道を選択している点です。そのため医療や患者貢献というジョブに内発的動機の源泉があり、ワーク・エンゲイジメントの根底にはPXが存在していると感じます。
そこで、“採算性とワーク・エンゲイジメントの両立”という命題に対しては、“粗利とPXの両立”が重要となります。その際に、BSC (※ⅱ)が役立ってきます。弊社では医師マネジメントシステム構築の際には、BSCを基軸にすることが多いです。そもそも管理会計として考案されたため、BSCの4つの視点は、下図のように病院の収支ツリーとリンクします。
上図のように、“利益=売上-費用”の領域は「財務の視点」となり、次の「顧客の視点」はまさに“PX”となります。
・新入院患者数=入院が必要な重症患者を受け入れた貢献数
・平均在院日数=患者が早く自宅等へ帰ることのできた期間
・手術・処置件数=患者が必要としている行為を実施した貢献数
このように月次の経営会議などでチェックする経営管理上のKPIも、病院事業の本質的な目的・意義から振り返れば患者への貢献価値であるPX指標という側面が見えてきます。
このように、目的・意義から考えて、ものの見方・考え方を良い方向に促すことを“フレーミング(※ⅲ)”と呼びます。“採算性とワーク・エンゲイジメントの両立”という命題を実現するには“粗利とPXの両立”が重要となりますが、その際に“PX視点でKPIを設定するフレーミング”が、マネジメントの上で重要なポイントになるでしょう。
地域共生社会時代のPX指標
それでは、冒頭で触れたように今後の地域共生社会を踏まえた上で、どのように考えるべきでしょうか。今回は主に医療領域に絞って考えてみます。
地域共生社会を病院経営の視点から見ると“基幹施設”⇒“関連施設”⇒“連携施設”⇒“地域産業”、という軸で事業としては広がっていきます。このように地域共生社会視点で考えれば、従来以上に多数のステークホルダー(利害関係者)が関わることになります。そして、その際に考えるべきは“各ステークホルダーによって視点や前提が全く異なること”に注意が必要です。例えば医療領域に絞ったとしても、それぞれの医療機能によって患者の状態が異なるので、下図のようにPXが異なります。
その結果、それぞれの機能によってPX起点で設定したKPIが異なります。機械の歯車で考えれば回転数が異なるので、そのまま歯車同士を接続させるとギアが嚙んで動かなくなります。下図のようなイメージです。
先ほどはBSCでKPIを整理する考え方をお伝えしましたが、BSCでは「顧客の視点」の次は「内部プロセスの視点」です。PXが異なれば、それぞれの医療機能で医療職に求められるプロセス指標も異なってきます。
地域共生社会の実現に向けて、“基幹施設”⇒“関連施設”⇒“連携施設”⇒“地域産業”という軸で事業が広がれば、PXの多様化に合わせて医療職の内部プロセスの指標も変化します。こうした連携前後のPXとそれを実現する内部プロセスの指標を意識しながらマネジメントを行うことが大切になります。
“相手の視点に立つ”大切さ
先ほど“PX視点でKPIを設定するフレーミング”について述べました。ビジネスにおいては”相手の視点に立つ“ことが一番難しく、かつ”他者に貢献して対価を得る“というビジネスの根源なのだと思います。マネージャー、そして経営層になればなるほど収益や粗利に視点が行き、経営管理指標としてKPI設定をしたくなります。弊社も経営コンサルティングという立場上、「新入院患者数」や「DPC入院期間Ⅱ以内割合」、「手術件数」などのKPIをお伝えすることが多くなります。しかし、病院事業の本来的な目的・意義や現場の医療職のワーク・エンゲイジメントを考えれば、”PX視点でKPIを考える“ことが経営の王道です。
地域医療連携となれば、連携するそれぞれの医療機能でPXが異なります。さらに、今後の地域共生社会を目指す場合は、「交通×医療×介護」の医療MaaSや「農業×福祉×医療」の農福連携のように患者以外の“顧客”を意識したCX(Customer Experience)が求められます。まさに、多様なステークホルダーの中で”相手の視点に立ったKPI設定“が、マネジメントとして求められるでしょう。
なお、弊社では医師マネジメントシステムにおけるKPI設定においても、今回お伝えしたようなBSCを基軸に“PX視点でKPIを設定するフレーミング”を実現するような支援を行っています。ご関心があれば、下記専門サイトをご覧ください。
【医師マネジメント専門サイト】
https://hhr.nkgr.co.jp/dmgt
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※ⅰ https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/23/dl/zentai.pdf
出所:厚生労働省「令和6年版厚生労働白書(令和 5 年度厚生労働行政年次報告)
―こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に―」
※ⅱ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11920.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「バランスト・スコアカード(BSC)」
※ⅲ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11970.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「フレーミング」
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私たちは、医師マネジメントを高次化し
「貢献行動促進」「モチベーション向上」「病院収益の向上」に貢献します
本稿の執筆者
太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長
大規模民間急性期病院の医事課を経て、2007 年入社。電子カルテなど医療情報システム導入支援を経て、2012 年病院経営コンサルティング部門に異動。
現在、医師マネジメントが特に求められる医師数の多いグループ病院・中核病院のコンサルティングを統括。2005年西南学院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、 2017 年グロービス経営大学院 MBA コース修了。
株式会社日本経営
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