投稿日:2026年9月9日

  • 地方の中小病院

地方の中小病院は「給与競争」で勝てるのか?離職を未然に防ぎ、職員が自律的に定着する組織へ

この記事の要約・ポイント
  • 「採用依存」と「給与競争」の限界:人口減少と最低賃金上昇の中、大病院と同様の給与引き上げや採用費投入は効果が薄く、早期離職による投資の掛け捨てを招きます
  • 定着を生む二要因理論:賃金(衛生要因)で「不満をゼロ」にしつつ、正当な評価やキャリアパス(動機づけ要因)で「やりがい・成長」を刺激する両輪の施策が不可欠です
  • 人事制度を形骸化させない4つの運用:基準のオープン化、現場を巻き込んだ期待行動の定義、対話型フィードバック、柔軟な働き方のルール化が持続可能な組織をつくります

「人が集まらない・定着しない」――地方中小病院を襲う人手不足の現実

医療業界における人手不足が深刻化する中、多くの地方・中小病院(20床〜200床規模)では、「近隣の相場に合わせて給与を引き上げる」「多額の費用をかけて求人広告を出す」といった採用活動に追われています。

しかし、無理をして給与を上げて採用しても、職場環境や理念のミスマッチから早期離職につながり、結果として多額の採用コストが「掛け捨て」になってしまうという負のループに陥っていないでしょうか。

労働人口が減少する中で大病院と同じ「給与引き上げ」の条件で競い続けることは、結果として病院全体の負担を増やすことになりかねません。

本記事では、地方・中小病院が単なる給与競争から脱却し、今いる職員が自律的に定着し、結果として選ばれる病院になるための具体的な人事戦略について分かりやすく解説します。

1. 地方中小病院が直面する「2つの限界」と生き残り戦略

現在、地方の中小病院は構造的な「2つの限界」に直面しています。

① 採用の限界(消耗戦の行き詰まり)

産年齢人口の減少に伴い、そもそも採用市場に人材が存在しない状態になりつつあります。人手不足だからといって焦って採用しても、組織の定着基盤が整っていなければ早期離職を招き、採用費用の掛け捨てが続くだけです。 

② 給与の限界(コスト高騰と差別化の喪失)

近年、地方における最低賃金の引き上げ額・率は高水準で推移しています(2025年度改定の実績では、熊本県で+82円、秋田県で+80円など)。 さらに、2026年度(令和8年度)も全国平均で約55円(1,176円目安)を引き上げる方針が発表されており、地方中小病院を取り巻く採用・給与水準のハードルは、毎年かつてないスピードで上がり続けています※。 さらに、一般企業のような無制限のベースアップが難しい医療業界において、給与引き上げはもはや「他院との差別化(魅力)」ではなく「採用の最低条件」へと変化しました。

※参考資料・出典
厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金改定状況」P.3(2025年度の実績データ)
厚生労働省「地域別最低賃金 全国一覧
厚生労働省 報道発表資料(2026年度目安)

結論:採用依存から「定着への投資」へシフトする

これらの限界を乗り越えるための持続可能な戦略は、外部の求職者に投資する前に、「今いる職員に選ばれ続ける組織をつくる」ことです。

  • ステップ1:定着への投資(今の職員がここで働き続けたいと思える環境づくり)
  • ステップ2:病院の実績向上(「人が辞めない・働きやすい」という実績の蓄積)
  • ステップ3:採用依存からの脱却(評判が広まり、結果として求職者からも選ばれる)

まずは給与以外の魅力を創出し、「人が辞めない組織」へシフトすることが最優先課題です。

2. なぜ人は辞めるのか?「定着」を生み出すメカニズム

職員の定着を考える上で非常に重要なのが、アメリカの心理学者ハーズバーグが提唱した「二要因理論」です。人間の勤労意欲には「衛生要因」と「動機づけ要因」の2つが存在します。

  • 衛生要因(不満を予防する要素)
    給料、労働条件、人間関係など。不足すると不満(マイナス)につながりますが、十分に満たしたからといって「もっとこの病院に貢献したい(プラス)」という意欲を生み出すわけではありません
  • 動機づけ要因(満足・意欲を生み出す要素)
    仕事のやりがい、達成感、承認、責任など。これらが満たされることで初めて、職員は「ここで働き続けたい」という深い帰属意識(ロイヤリティ)を持つようになります

厚生労働省の退職理由調査でも、表面的な理由は「結婚・出産などのライフイベント」や「残業の多さ」が上位を占めますが、その本質は「その病院で何としても働き続けたい」という帰属意識が育っていないことにあります。

退職のきっかけとなる不満(衛生要因)を抑えつつ、やりがいや承認(動機づけ要因)を刺激する「両輪の施策」が不可欠です。

3. 定着を実現する「攻め」と「守り」の人事施策

病院の定着率を高めるためには、人事施策を「守り(賃金)」と「攻め(評価)」に分けて設計する必要があります。

区分 目的 対象要素 主な取り組み
守り(賃金) 不満をゼロにし、離職を防ぐ 衛生要因(納得感・不公平感の排除) ・地域相場からの乖離を防ぐ
・一律昇給の見直し
・決定ロジックの透明化
攻め(評価) 意欲を引き出し、定着を生む 動機づけ要因(成長実感・承認) ・行動(プロセス)の承認
・明確なキャリアパス提示
・対話型フィードバック

【守りの人事】金額の多寡ではなく「給与の納得感」をつくる

給与に対する不満の多くは「なぜあの人より低いのか」「どうすれば上がるのか分からない」というブラックボックス化から生じます。地域の相場を維持しながら、「頑張りが正当に反映される仕組み」と「根拠の説明」を徹底し、不公平感を排除することが守りの要となります。

【攻めの人事】「成長」を実感させる評価制度をつくる

評価制度を単なる「ボーナス査定のツール」にしてはいけません。
行動(プロセス)を正しく承認し、「次にどんな役割を果たせばステップアップできるのか」というキャリアパスを明示すること。これにより、職員は孤独感を解消し、自身の成長ビジョンを描けるようになります。

4. なぜ立派な制度でも形骸化してしまうのか?

多くの病院で人事制度を導入しても上手くいかない理由は、以下の「4つの典型パターン」に陥っているからです。

  1. ブラックボックス化:結果の根拠や給与への反映ロジックが見えず、不信感が募る
  2. 現場不在の一方通行:経営層だけで決められ、現場が「やらされ仕事」と感じる
  3. フィードバックなき「出しっぱなし」:評価表を出して終わり。強みや課題が本人に伝わらない
  4. 処遇と非連動の「無風評価」:評価しても昇給・賞与・昇格に響かず、「書いても書かなくても同じ」と悟られる

5. 人事制度を生きた仕組みにする4つの運用ポイント

人事制度を形骸化させず、組織に定着させるためには以下の工夫が必要です。

① 判断基準・ルールのオープン化

「どうやったら昇格できるのか」「どのような基準で評価されているのか(絶対評価か相対評価かなど)」というプロセスの根拠を現場に公開します。基準の透明性が、職員の安心感と納得感を生み出します。

② 現場を巻き込んだ「行動レベルへの翻訳」

「患者対応が良い」「積極性がある」といった抽象的な言葉ではなく、「具体的にどのような行動をとることが望ましいか(期待行動)」を現場の役職者を巻き込んで定義します。ワークショップ形式など、皆で考える形式をとることで、当事者意識が芽生えます。

③ 育成に繋がる対話型フィードバックと「日常の関わり」

評価結果を一方的に通知するのではなく、「被評価者本人に振り返りを書いてもらう」仕組みを取り入れ、対話をベースとしたフィードバック面談を行います。また、面談時だけでなく、日常的なコミュニケーションで課題や称賛を共有しておくことが大切です。

④ 柔軟な働き方の制度化(複線型人事制度など)

ライフステージの変化(育児・介護など)による離職を防ぐため、個別調整ではなく「法人の公式ルール」として夜勤免除や短時間勤務(ワークライフバランス〈WLB〉コースなど)を設け明文化し職員が選択できる仕組みを整えます。

まとめ:賃上げ消耗戦を抜け出し、職員に選ばれる病院へ

地方・中小病院が人手不足の時代を生き抜くためには、「いくら払うか」という給料の消耗戦から脱却し、「どう報い、どう成長させるか」という組織・仕組みへの投資に切り替える必要があります。

  • 賃金(守り)で不満の種を取り除き、納得感を醸成する
  • 評価(攻め)で成長と貢献を正当に承認し、帰属意識を高める
  • 運用の工夫で現場を巻き込み、制度を形骸化させない

「今の職員が生き生きと働き続けられる組織」を作り上げることこそが、結果として最高の採用ブランディングとなり、病院の持続的な経営を支える強固な土台となります。
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本稿の監修者

株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部
山﨑 太郎(やまざき たろう) | 山本 和央(やまもと かずひろ)

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