一律昇給はもうムリ! では、何を評価する?どう管理する? パフォーマンスに応じた賃金制度 見直しの秘訣

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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
介護・医療業界における人件費の割合(人件費率)は、全産業平均に比べて高く、70%以上となる施設もあります。その結果、経営の裁量が制約されやすく、売上が増加しても利益が十分に確保できない状況が継続している施設が少なくありません。
このような状況で重要なのは、「賃金水準は根拠ではなく“経営判断”である」という視点です。誰に、どのような理由で、どれだけ給与を支払うかを 、明確に“きめる”ことが経営者の責任であり、どのように労働分配率(売上に対する人件費の割合)を適切に管理し、組織の成果につながる賃金制度を設計していくかが、その出発点となります。
この記事では、数多くの賃金管理・人事制度の見直しを行ってきたコンサルタントが、実際の現場で役立つ視点から見直しの秘訣を解説します。
1. 賃金制度の役割と意義
賃金制度をどのようにとらえていますか?単純に賃金表を設定しておけばいいというわけではありません。賃金制度は経営において大きなウェイトを占める、人への投資をよりよくするうえで非常に重要な仕組みです。より具体的には、経営者が、人材の“何に“対して”どれだけ”投資するかを決めるための仕組みと言えるでしょう。また、組織にとってのインフラ設備のようなものですので、従業員に対する”メッセージ”を伝えるためのものでもあります。つまり、投資した資本(人材)にどのように取り組んでほしいのか(メッセージ)が明確な賃金制度を構築する必要があります。
2. 賃金制度見直しのタイミング
賃金制度を見直すべき「決まった時期」というものはありません。大切なのは、“制度が組織の実態と合わなくなってきた”ときに見直す決断をすることです。たとえば以下のような兆候がある場合、見直しの好機といえるでしょう。
- 最低賃金の引き上げによって、新入職者と既存職員の賃金差が縮小している
- 中途採用者の初任給が、長期勤続者の給与を上回っている
- 賃金制度が5年以上改定されていない
- 定期昇給が固定化し、メリハリがつかない
加えて、外部環境の変化(例:報酬改定、物価高騰、人材獲得競争の激化)も、制度の見直しを促す要因となります。制度を変えること自体が目的ではなく、「よりよい投資配分へと調整する」ために必要な機会ととらえましょう。
3. 賃金制度導入手順・作り方
賃金制度の導入は、「表をつくって説明すれば完了」といった単純なものではありません。組織の文化・価値観・財務状況に合った制度設計を進めるには、段階的にステップを踏むことが必要です。
現状分析・グランドデザインの策定
まず、「何のために賃金制度を見直すのか」を明確にします。処遇の方針(例:成長支援型/成果連動型)や、制度設計のコンセプトをトップダウンで定めるのが望ましいでしょう。そのうえで、職員の人数や役割のバランス、賃金の変化の傾向(賃金カーブ)、評価の実際の内容、他の法人との比較などを通して、現行の賃金制度にどのような課題があるのかを可視化します。
- 制度構築(等級・評価・昇給・賞与)
等級や職能要件、評価指標を整理し、それに連動する賃金テーブルを設計します。併せて賞与の算定ロジックも整備します。
- 制度説明と試行運用
全職員向け説明会を通じて、制度の背景・内容・メリットを丁寧に伝えます。試行期間を設けることで、運用上の課題を洗い出し、本稼働に備えます。
- 本格運用と定着支援
本稼働後は、評価者研修や制度Q&A対応、フォローアップ研修などを通じて制度の理解を深め、定着を図ります。
3-1. グランドデザインを描く
制度をつくる前にすべきは、「何のための制度か」をはっきりさせることです。組織としての理念や提供価値、期待する職員像を言語化し、それに沿った制度コンセプトを打ち出します。
たとえばコンセプトが「個人と組織がともに成長する職場を目指す」なら、賃金制度も“努力と成果の見える化”を重視した構造にする必要があります。並行して財務状況の分析を行い、支給可能な処遇原資を把握することで、無理のない制度設計が可能になります。
3-2. パフォーマンスを可視化する
公平な処遇のためには「見える」パフォーマンス指標が必要です。ここで重要になるのが、行動(プロセス)と成果(アウトカム)の両面評価です。
行動には、チームへの貢献や業務改善の提案といった“見えやすい努力”が含まれます。具体的には、稼働率の向上や事故件数の減少、加算の取得実績などが挙げられます。
役割によっては医師や他職種との協働が重要なため、関係者から多角的に評価を受ける多面評価(360度評価)を導入したり、ライン組織では上司からの垂直評価を取り入れることで、公正性を保つ工夫も必要です。
3-3. 昇給カーブと賃金テーブルの再設計
現在、少子高齢化による労働力不足で、年功序列型の昇給制度では優秀な人材確保や市場競争力の維持が難しくなっています。
そのため、成果や能力に基づく柔軟な昇給制度への見直しが必要とされています。そこで、職種別に「範囲給」と「昇給ステップ」を再構成することで、柔軟かつ納得感のある制度が実現できます。
たとえば、新人期には昇給幅を広げて早期育成を促進し、中堅以降はスキルや役割に応じた昇給幅の差を設けます。また、管理職への昇格タイミングで大幅な昇給を設定することで、キャリアアップの魅力を高める効果も期待できます。
3-4. 生活関連手当の最適化
家族手当・住宅手当などは、職員の生活事情によって価値に差があるため、再設計の余地があります。
- 家族手当は扶養家族の有無で支給条件を明確にしたり、月額支給から年1回の一時金に変更して、ライフステージ支援として活用したりする方法があります。
- 住宅手当は、勤務場所や通勤距離に応じて支給基準を再設計することで、公平性を保ちつつ最適化が可能です。
こうした見直しによって確保できた原資は、ジョブグレード手当やスキル手当に回すことで、努力や貢献に報いる制度に転換できます。
3-5. 賞与を「固定費」から「変動費」へ
賞与を固定月数で支給している場合、業績悪化時の調整が難しくなります。そこで、あらかじめ賞与原資を「人件費の○%まで」と定義し、期末の評価結果に応じて逆算で分配する変動型へと転換します。
ポイント制や評価ランク別に支給割合を定める方法など、算定ロジックを公開することで、評価と処遇の透明性が高まります。この変化により、高パフォーマーのモチベーション維持や、業績との連動性が強化されます。
4. 制度導入のスケジュールモデル
おおよそ10か月をかけて導入を進めるケースが多く、次のような流れが一般的です。
① 1〜4か月:グランドデザインの設計と現状分析
② 5〜8か月:制度の設計(等級・評価・賃金構造)と試行
③ 9〜10か月:説明会・トライアル・本稼働
夏や冬の賞与支給時期に制度の効果が見えるように、そのタイミングから逆算して導入するのが効果的です。
5. 賃金制度見直しによるメリット
制度見直しの効果は、単なる給与表の刷新にとどまりません。
- 人件費のコントロールが可能になる
固定昇給を見直し、変動型処遇へと移行することで、経営戦略に応じた人件費の最適配分がしやすくなります。
- 納得感のある処遇で職員の定着率が向上する
「何を評価されているのか」が伝わることで、処遇への信頼感が生まれ、離職率の改善につながります。
- ハイパフォーマーの育成と選抜が進む
貢献が処遇に反映される仕組みがあれば、キャリアアップ志向の強い職員が可視化され、マネジメント候補の育成にもつながります。
- 組織の一体感とガバナンスが強化される
複数拠点や多職種が存在する法人では、処遇ルールを統一することにより、拠点間の不公平感が解消され、内部統制の質も高まることが予想されます。
6. 賃金制度導入事例
実際に、導入事例では、毎年400万円規模の原資を適正化できた法人や、キャリアアップ希望者が倍増した事業所もあります。また、処遇ルールの統一により、複数拠点間のガバナンス強化が進んだ例もありました。
7. 実践チェックリスト
制度の見直しを進める際には、「どこまで準備が整っているか」「次に検討すべきことは何か」を整理する視点が重要です。そうした検討の手助けとして、以下のチェックリストをご活用ください。
(あくまで目安です。貴法人の状況に合わせて柔軟にご利用ください)
チェック項目 | 実施状況 | |
経営理念と処遇ポリシーを言語化した | □ | |
行動+成果で評価する仕組みを設計した | □ | |
昇給カーブ・賃金テーブルを再設計した | □ | |
生活関連手当の再定義と説明を行った | □ | |
賞与を変動費化しロジックを開示した | □ | |
制度導入のスケジュールと説明計画を作成した | □ |
8. 賃金制度見直しの秘訣(ポイント)
一律昇給はよく採用されている制度ですが、変化の激しい時代には組織の足かせとなることがあります。まずは処遇の目的を明確にし、制度を見直すことが重要です。これにより、人件費の最適化ではなく、人材への戦略的投資が実現します。
制度設計はゴールではなく、あくまで出発点です。法人の現状を丁寧に見直し、経営戦略と一致する形で制度の見直し、設計を行いましょう。
私たちには、柔軟性があり環境変化に耐える賃金制度の設計ノウハウがあります!
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本稿の監修
福田 洸(ふくだ ひかる)
株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部 チームリーダー
これまで100床~300床規模の病院の人事制度改革に携わる。人事制度を単なる管理のツールではなく、組織が期待する職員を引き上げ、更なる貢献を引き出す仕組みとするコンサルティングを行っている。また、研修など職員教育の領域では、それぞれの組織に合わせた研修を設計し、再現性と実効性を重視した研修を行っている。
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。