多職種協働を実現する医師マネジメント/医師マネジメントレポートvol.03
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 ホワイトペーパー
弊社ではこれまで1,400件以上の病院経営コンサルティングに携わり(2021年9月時点)、うち医師人事制度構築については、110件以上のご支援(2021年4月時点)をして参りました。
こうした中で体験してきた、病院経営のトレンドをまとめてみたいと思います。今回は、今回は、多職種協働を実現する医師マネジメントについて、見解をお伝えします。
多職種による医師の多面評価(360度評価)
以前の弊社レポートで患者体験価値を実現する医師マネジメントについて見解を述べさせていただきました。
患者体験価値を実現する医師マネジメント
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-86913/
このレポートでも述べたように、患者体験価値の観点からも「複数診療科を統合したセンター化」を進めたり、「多職種協働型の病棟運営」を進めたりする病院が増えてきています。医療サービスの本質から考えれば、患者体験価値の追求は必須であり、そのためにも多職種協働のチーム医療は前提として必要になると思います。
ところで、弊社が医師人事制度を導入する場合、医師の人事評価制度における「定性的な評価」では、「多職種による多面評価(360度評価)」を導入することが大半です。医師の評価にあたって、多職種が多面評価すると聞くと、驚かれるかもしれません。しかし、これには理由があります。
一つ目の理由は、前述したように、チーム医療が前提にあるからです。
病院では医師が指示(オーダー)を出し、それを受けた看護師や薬剤師、放射線技師など他の職種のスタッフが、医師の指示のもと医療行為を行います。多職種協働のチーム医療が前提としてあるからこそ、多職種による多面評価(360度評価)が必要になります。
二つ目の理由は、医師の貢献は多様で、上司であるマネジメント層の医師だけではなかなか把握できないからです。
- 例えば、外来診察室には医師と看護師又はクラークの2名しかいないでしょう。上司である医師が外来診察室で一緒に同席することは、まずありません。
- 手術室では、上級医が同席することもあります。しかし、カギとなる麻酔科医や手術室スタッフとのチームプレイまで、上級医が細かく把握することは困難です。
- 医療行為後の診療報酬計算とその後のレセプト請求は医事課が行いますが、月初めのレセプト点検においては医師とのコミュニケーションが不可欠です。上司はそこに同席しないでしょう。
- 医療行為自体の専門性や妥当性は、専門領域が同じ医師同士でしか判断できません。しかし、他科へのコンサルトの状況・妥当性は、他科の医師しか分かりません。
医師の貢献は多様で、上司の医師が全てを把握することは困難なのです。
このように病院のメカニズム上の理由から、弊社のご支援の大半で、多職種による多面評価(360度評価)が導入されています。
ただメカニズムの観点だけでなく、医師の納得感の面でも多職種による多面評価が好まれることが多いと感じています。
医師人事制度導入前に多くの医師にヒアリングを行いますが、その際も「誰が先生の貢献を見ていますか?」と質問すると、「外来の看護師さんが知っている」「同じ病棟の主任さんや師長さんだと貢献度が分かる」とご回答をいただくことが多いのです。「貢献を見ている人の評価が、正しく反映されてほしい」というのは、ヒトの感情の面でも当然だと思います。
医師の多面評価を活かすフィードバック面談
さて、このようにして導入された医師の多面評価は、半期または通年で年に1~2回のアセスメントを行い、年俸改定面談などでフィードバック、改善のPDCAサイクルとして活用されていきます。
私たちも、制度導入後の「評価結果フィードバック面談」や「年俸改定面談」に同席させていただくことがあります。ここでは、良い結果(ポジティブなフィードバック)だけでなく、課題点や改善してほしい面(ネガティブなフィードバック)もお伝えしなければなりません。
同じ職場にいる経営層としては、医師にあまりに厳しいフィードバックをしてしまうと、毎日顔を合わせるわけですし、感情面で尾を引いてしまうのではないかと危惧されるかもしれません。さらに他の医師にも風評が広がると、医師確保への悪影響さえ懸念されます。
私たちも同感で、トップはあくまでも明るく、組織を牽引してもらう必要があります。そのためには、ポジティブなフィードバックは経営層に担ってもらい、ネガティブなフィードバックは右腕人材が「嫌われ役」を演じてきちんと伝える。このような組織は、バランスがとれて安定していると感じます。
しかしそのような嫌われ役を任せられる人材は、今すぐにはおられないかもしれません。私どものようなコンサルタントが同席し役割分担するということも、一つの方法でしょう。
このようにしながら、医師との毎年のフィードバック面談を通じて、医師の行動や組織の改善を進めています。
医師マネジメントは、年次サイクルから四半期・月次サイクルへ
ところで、通常、実績会議や経営会議は月次で実施されています。しかし医師を中心とした組織マネジメントは、人事制度と連動して年次サイクルが多いと思います。
しかし最近のトレンドを見ていると、年次でのPDCAサイクルだけでは物足りなく感じている病院が増えてきているようです。年次のPDCAサイクルではなく、四半期や月次でのPDCAサイクルを、医師マネジメントの領域でも取り組む病院が増えてきているのです。
前述したように、医師人事制度での「定性的な評価」は、多職種による多面評価(360度評価)などを導入します。一方、「定量的な評価」は、「目標達成度評価(MBO)」を導入することが多いです。
「目標達成度評価(MBO)」にも、弊社には多くの知見があります。単に目標値を設定するのではなく、病院経営の収支メカニズムをツリーに分解して、そのツリーに基づいて診療科別にKPI(業績指標)を選定してもらうのです。
例えば、管理会計としての診療科別原価計算を導入している病院では、診療科別の損益分岐点(BEP)から「損益分岐点必要新入院患者数」を算出します。これを下限として、新入院患者数の目標を設定するのです。
言い換えれば、「最低でも黒字」を目標設定時の前提にするということです。病院全体ではなく診療科単位の話になりますので、全診療科が黒字化を目指すということです。併せて病院経営分析システムや病床機能報告などで、他院の実績値とのベンチマーク比較などもしています。
このように、「フィードバック面談」「診療科別原価計算」「ベンチマーク比較」などを組み合わせて、四半期単位で経営をご支援することが増えています。年に一度の目標設定面談やフィードバック面談だけでなく、その間に、四半期単位で診療科別に中間面談を行うのです。
上場企業でもIRとして四半期レポートを出していると思います。四半期単位のマネジメントは、PDCAを回す上で適度な期間だと思います。中間面談では、冒頭で述べたように多職種協働が進むように、医師以外の多職種にも参加してもらっています。
診療科別に、四半期単位の多職種ディスカッション
年に一度の人事制度でのフィードバック面談や年俸改定面談は、評価結果や年俸額を開示するものです。ですので、経営層と当事者以外の人を同席させることはできません。
一方、四半期での中間面談は、「診療科単位のマネジメント向上の場」として、多職種ディスカッションを行っています。
具体的には、診療科別原価計算が出ていれば、診療科単位の医業収益(売上)や材料費、粗利などが分かります。これを3ヵ年ほど時系列で比較すれば、トレンドが分かります。厚生労働省の病院経営管理指標や病院経営分析システムなどの値とベンチマーク比較すれば、構成比の高いor低いも分かります。
こうした経営分析は、多くの病院で経営層や事務部門でされていると思います。しかし大切なことは、医師や現場のスタッフレベルで検討することです。医師やスタッフに開示して、四半期単位で多職種ディスカッションを行うのです。
アメーバ経営とフィロソフィ
名経営者として名高く、先日お亡くなりになった京セラ株式会社創業者の稲盛和夫氏は「アメーバ経営」という管理会計手法を考案したことでも有名です。
組織をアメーバという小集団に分けて収支責任意識を持たせ、それを可視化するために部門別採算制度を導入する手法です。アメーバ間のやり取りは、内部取引(社内売買)として部門別採算制度に反映されます。内部取引であっても、真剣な価格交渉という緊張感が生まれ、採算意識や収支責任意識が高まります。
しかし、このままだとアメーバ間に感情的な対立が起きる可能性があります。それを防止するのが、共通の理念・哲学である「京セラフィロソフィ」です。まさにアメーバ経営とフィロソフィは両輪となっているのです。
同様に病院においても、診療科別原価計算を元に多職種ディスカッションを行ったり、医師人事制度に連結させたりすると、職種間対立や経営層と医師間の対立が生まれるかもしれません。
そこで弊社では、四半期単位での多職種ディスカッションにも同席して、行司・レフェリー役として中立的なファシリテーターを担っています。こうした安全な環境を整えた上で、四半期の多職種ディスカッションを前向きに進めていくのです。
多職種ディスカッションで、採算への理解を深める
では、多職種ディスカッションでは、具体的にどのようなことをするのでしょうか。
まず、「診療科の強み」と「診療科の課題・改善すべきこと」について、多職種の方々に付箋紙に意見を書き出してもらいます。意見収集です。
それら付箋の中には、着眼すべきキーワードが見つけられます。
- ○○の薬剤使用量が増えている気がする
- □□の平均在院日数が、DPC入院期間Ⅱを超しつつある
- △△クリニックからの紹介が増えつつある などです。
そこで、そのようなキーワードについて、関連する資料・診療データなどを持ち寄ってもらいます。
次に、診療科別原価計算をもとに、意見収集で出た意見と医業収益や材料費の推移が合致しているかを確認します。
このとき院内平均や他科と比較すると、「他科とは収益構造が異なる」という反論や感情的な不満が残ります。ですので、3ヵ年程度の自診療科との時系列比較をするとよいでしょう。収益構造が同じ過去の自診療科との比較であれば、検討の納得性は高まります。
ちなみにこのステップは、採算意識や収支責任意識を浸透するためにも、非常に重要です。
診療科別原価計算を導入するなどして、月次の実績会議・経営会議で活用している病院であっても、資料を配布・投影するだけだったり、期末・期初に振り返るだけだったりするケースが散見されます。
重要なのは、その資料を用いて思考し、アクションに繋げることです。つまり、貢献行動を実現することです。
多職種検討の場で定期的な検討を繰り返すことで、損益に対する理解度を深めるのです。理解が深まれば、改善へのモチベーションは高まります。
主体的・自主的な意見を、異なる職種間でシェアする
話が少し逸れましたが、多職種が持ち寄ったデータをもとに、ディスカッションを行います。
紹介実績データや薬剤・医療材料などのデータ、DPCデータなどを持ち寄ってもらい、検討を進めます。意見収集の段階で、「○○」などの薬剤名・医療材料名、「□□」などの疾患名、「△△クリニック」などの紹介元医療機関名など、キーワードを抽出できていれば、それらに注目した検討が可能です。
すると、こんな気づきが生まれます。
「え、この薬剤こんなに高かったの?」「○○(薬剤名)って、15mgと7.5mgでこんなに値段違うの? それなら15mgの方を分割できない?」
このように、医師の中に主体的・自発的な意見が生まれるのです。
医師以外の職種も、同じ基準・データをもとに考え、かつ異なる職種からの意見をシェアすることで、多職種の大きな気づきと自己客観視が生まれます。
マネジメントツールの機能化と、患者体験価値向上
冒頭で述べたような「多職種による多面評価」を導入することで、医師は他職種からの見え方を客観視できるようになります。また、医師以外の職種でも「四半期単位での多職種ディスカッション」を通じて、自己を客観視できるようになります。
人間は、どれだけ努力しても主観が残るワガママな生き物です。だからこそ、医師人事制度でのフィードバックや、四半期単位での多職種ディスカッションなどによる自己客観視が、重要な意味を持つのです。多職種協働でのチーム医療が欠かせない病院組織においては、特に重要になります。
もちろん、それでも人は一人ひとり価値観が違います。診療科単位でも、医療に対する考え方は、信念と言ってよいほど大きく異なるでしょう。それぞれがプロフェッショナルである多様な職場だからこそ、自己を客観視しておかなければ、多職種協働でのチーム医療は難しくなります。
そして、アメーバ経営とフィロソフィが両輪であるように、医師人事制度や診療科別原価計算、多職種ディスカッションを機能させるためには、行司・レフェリー役のような中立的なファシリテーターが必要になります。
私たちは、ただマネジメントツールを導入すればよいということではなく、上手に運用・機能させるために、ファシリテーターとして運用支援も行いながら、「年次の医師人事制度」「四半期単位の多職種ディスカッション」をご支援していきます。
この取り組みこそが、患者体験価値向上という医療サービスの本質に繋がると確信しています。
「医師人事制度構築支援のご案内」ダウンロード
「医師マネジメントの専門サイト」も、ご活用ください
私たちのこれまでの支援実績・経験を踏まえ、患者体験価値の向上も視野に入れた「医師人事制度構築支援」について、サービスのご案内資料をまとめました。ぜひダウンロードいただき、マネジメントシステムの改善・導入を考えていただく際のヒントとしていただけましたら幸いです。
このレポートの解説者
太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社 日本経営 コンサルタント
大規模民間急性期病院の医事課を経て、2007 年入社。電子カルテなど医療情報システム導入支援を経て、2012 年病院経営コンサルティング部門に異動。
現在、組織人事コンサルティング部の副部長として、医師マネジメントシステムの高次化に取り組む医師人事分科会を統括。2005年西南学院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、 2017 年グロービス経営大学院 MBA コース修了。
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