グループ病院ほど“構造的無能化”が発生しやすい?

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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
先日、弊社お役立ち情報の以下のレポートで、下記のように記載しました。
【グループ病院は本部組織をどう高次化すべきか?】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-120524/
グループ病院は、施設数・従業員数も多いことから、医療機能・病床規模のバラつきだけではなく、本部機能の肥大化による“本部機能間の縦割り構造”の課題が発生しやすいというメカニズムを内在しています。
今回は、この“本部機能間の縦割り構造”について、もう少し深掘りして論考してみます。
2つの“構造的無能化”
前回のレポートでは「本部組織をどう高次化すべきか?」という命題だったため、“本部機能間の縦割り構造”について焦点をあてて検討しました。こうした課題のメカニズムを経営学者の宇田川元一氏は「構造的無能化」と定義(※ⅰ)しています。

上図のように「断片化」⇒「不全化」⇒「表層化」のメカニズムにより、「組織が考えたり実行したりする能力を喪失し、環境変化への適応力を喪失していく」という組織劣化の問題を、宇田川氏は「構造的無能化」と定義しています。
そこで、「構造的無能化」という視点でグループ病院を整理すると、実際には下図のような2段階の構造になります。

① 本部機能間の“構造的無能化
② 本部⇔病院間の“構造的無能化“
という2段階です。
組織規模が大きくなり、複雑な経営環境に適応するためにグループ本部内では、経営企画、財務、人事、医事・診療情報管理といった部門が専門特化して、分業化していきます。また、病床機能ごとに各病院の役割も分かれていくため、急性期のA病院、回復期のB病院、慢性期のC病院と各病院も機能分化し、本部と各病院という階層構造も発生します。その結果、業務が断片化します。さらに、その結果として、部門間・階層間の隔たりが生まれ、不全化が進みます。変わらない組織ルーティンによって、この不全化が表層化してくることで組織に悪影響を与えていきます。
ジョブローテーションによる断片化・不全化の抑制
前回のレポ―トでは、“7S (※ⅱ)”のフレームワークを用いて以下の4つにその課題を整理しました。
① 情報システムの課題(System)
② 組織構造の課題(Structure)
③ 意思決定スタイルの課題(Style)
④ 共通価値観・パーパスの課題(Shared value)
その際、①については「病院経営に資する各種情報システムの統合・融合」、②~④については「ジョブローテーションを可能とする事務管理系職員のキャリアパス」という解決策について言及しました。前回のレポートでは、「本部組織をどう高次化すべきか?」という命題だったため、本部機能間のジョブローテーションについて触れましたが、上記のメカニズムを考えれば、本部⇔各病院間のジョブローテーションも必要です。
実際に弊社のお客様の病院でも、本部機能間のジョブローテーションや本部⇔各病院間のジョブローテーションを進めているところが複数あります。また、昨今ではリハビリのセラピストが事務長へ職務転換したり、放射線技師が情報システム課長へ職務転換したりする事例など、職種をまたいだジョブローテーションも増えてきています。たしかに、多数のスタッフ数、かつOT・PT・STと職種が異なる部下をマネジメントする必要があるリハビリ科のマネジメント層は高いマネジメント能力が培われます。また、技術職としての放射線技師は医療情報技師のライセンスを取得することも多く、納得がいくジョブローテーションです。こうした“部門・階層間をかき混ぜる”取り組みが、断片化・不全化という構造的無能化を予防するのだと思います。
なお、この“かき混ぜる”という視点で考えると、2025年1月に亡くなられた日本を代表する経営学者である故・野中郁次郎先生の著書として有名な「失敗の本質(※ⅲ)」を思い出します。本著の中で野中先生は「日本軍の最大の失敗の本質は、特定の戦略原型に徹底的に適応しすぎて学習棄却ができず自己革新能力を失ってしまったこと」と述べ、“不均衡の創造”の重要性を主張します。つまり、組織は適応しすぎることで自己革新能力を失うので、あえて組織をかき混ぜて不均衡を意図して作り出すことが大事ということです。まさに、ジョブローテーションで“部門・階層間や職種間をかき混ぜる”ことが効果的だということを示しています。
ジョブローテーションだけでなく“対話”を進める
宇田川氏は、これに加えて“対話”の重要性を主張します。この“対話”という論点で考えると、以前弊社お役立ち情報で公開した下記のレポートで紹介した事例が参考になります。
【優良病院のマネジメントの共通項】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-94999/
上記、レポートで触れたように、優良病院では、多職種ディスカッションでのBSC(※ⅳ)策定ワークショップ研修を行っていることが多いです。多職種が持ち寄ったデータをもとに、ディスカッションを行うことで、以下のような気づきが生まれます。
「え、この薬剤こんなに高かったの?」
「○○(薬剤名)って、15mgと7.5mgでこんなに値段違うの?それなら15mgの方を分割できない?」
異なる職種の視点で対話を行うことで気づきを促すという、年次ルーティンを採り入れています。さらに、この気づきに関して実行の徹底度を高めるために、BSC策定ワークショップ研修で設定したKPIを、人事制度のMBO(目標達成度評価)に組み込んでいることが多いです。BSC(事業計画)と人事制度(組織システム)の連携で、実行の徹底度を高めています。
宇田川氏は「企業変革のジレンマを乗り越える上で不可欠なのは、他者を通じて、あるいは他者とともに、相手の生きている世界を知ろうとし、問題を紐解き、ともに変革の道を探ろうとすること、そして、そのことを通じて自分自身も変わっていくというプロセスそのものである。」と主張します。まさに、前提の異なる他職種かつ異なる階層のメンバーによる多職種ディスカッション(対話)が有効なのだと思います。
こうした部門・階層・職種の垣根を取り払って“対話”をする機会を年間スケジュールに組み込んでおくことが重要になると感じます。
各種取り組みの整合性をとりながら進める
このようにグループ病院では、①本部機能間の“構造的無能化“と②本部⇔病院間の“構造的無能化“、という課題を生じさせやすいメカニズムを内包しています。そこで、前述した「ジョブローテーションで“部門・階層間や職種間をかき混ぜる”」や「部門・階層・職種の垣根を取り払って“対話”をする機会を年間スケジュールに組み込んでおく」ことが大事になると考えられます。
その際、以前弊社お役立ち情報の下記レポートでお伝えしたような、各種施策の整合性も重要になります。
【4つの経営機能”を具体化させる各種フレームワークの使い方】
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-118069/
前述の“対話”の機会としてのBSCワークショップ研修など、次年度の事業計画づくりという“共通の目的”を活かしつつ、その内容が人事評価制度で活かされるなど、各種施策の連関性が大事になると思います。
上記レポートにも記載していますが、下図のように各種施策のつながりを意識して取り組むことが重要です。

グループ病院は、組織規模も大きく、施設数も多く、組織の複雑性が高いからこそ構造的無能化が発生しやすいです。「ジョブローテーションで“部門・階層間や職種間をかき混ぜる”」や「部門・階層・職種の垣根を取り払って“対話”をする機会を年間スケジュールに組み込んでおく」際に、上図のようなつながりを意識して取り組んでいただければ幸いです。
なお、弊社では下記のようなグループ病院向けの経営支援を強化しています。ご関心があれば、お気軽に下記よりご相談ください。
【株式会社日本経営 グループ病院・中核病院支援事例集(一部抜粋)】
■医師人事マネジメント事例集
■職員アンケート(ESナビゲーターⅡ)事例集
■看護部業務改善事例集
【各種グループ病院向け支援サービス】
■グループ病院戦略・実行支援
■医師マネジメント特設サイト
■医師マネジメント強化パッケージ(グループ病院向け)
■病院DX支援特設サイト
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※ⅰ 宇田川元一「企業変革のジレンマ」-「構造的無能化」はなぜ起きるのか(2024年)
※ⅱ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12513.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「7S Seven S Model」
※ⅲ 野中郁次郎ほか「失敗の本質-日本軍の組織論的研究」(1984年)
※ⅳ https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11920.html
出所:グロービス経営大学院 MBA用語集「バランスト・スコアカード(BSC)」
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私たちは、医師マネジメントを高次化し
「貢献行動促進」「モチベーション向上」「病院収益の向上」に貢献します
本稿の執筆者

太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長
大規模民間急性期病院の医事課を経て、2007 年入社。電子カルテなど医療情報システム導入支援を経て、2012 年病院経営コンサルティング部門に異動。
現在、医師マネジメントが特に求められる医師数の多いグループ病院・中核病院のコンサルティングを統括。2005年西南学院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、 2017 年グロービス経営大学院 MBA コース修了。
株式会社日本経営
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