専門家の視座・着眼「親族内承継の問題」

2020.02.25

創業者が命がけで守ってきたもの

日本経営ウィル税理士法人
代表社員税理士 大坪洋一

身近に起こる事業承継問題

大塚家具の経営権をめぐる、父と子の争いはワイドショーなどを賑わせ、記憶している方も多いと思います。上場会社であるが故に、あれだけの騒ぎとなりましたが、非上場の企業においてもよく起こることであり、決して珍しい話ではありません。

なぜ、揉めることになるのでしょうか。

私は仕事柄、かなり多くの事業承継の現場・対策に携わらせていただいてきましたが、業績が急落したとか人心を掌握できないとかいった経営者としての能力で揉めるケースはあまりないように思います。それよりも、もっと根本的に親と子の間で「考え方が対立している」のだと思います。まさに、大塚家具の事例などがそうでしょう。

親と子の対立は、やがて感情的な争いにまで発展すると、修復は困難となり、従業員や取引先などに悪影響をおよぼすだけでなく、何れか一方が会社を追われたり、自ら去ってしまうということにもなりかねません。そうなれば、親族内での事業承継は不可能となります。

事業の承継とは、何なのか

では、揉めないケースとはどのような場合でしょうか。それは、親と子の間で「考え方が一致している」場合、子に任せた以上、口出ししないと決めている場合などがあるでしょう。

しかし、親と子の間で「考え方が一致する」ということが、果たしてあるのでしょうか。私は、ないと思います。育った環境も、業界の状況も、支えてくれる従業員や取引先も、何もかも違うのです。経営のやり方・判断は、全く違うものになるはずです。そういう意味では、「考え方」は承継できないのです。自分と同じやり方・同じ判断をせよというのでは、事業承継は永久にできません。

しかし、考え方は水と油ほど違っても、「承継できるもの」があります。それこそが「理念」だと、私は思うのです。一言で言えば「何を大切にするのか」「何のために、この仕事をするのか」という心です。考え方ややり方が違ってお互いに不満に思ったときでも、「俺が命がけで守ってきたものを、こいつは分かってくれている」「この人が命がけで守ってきたものこそが、私たちの財産だ」という気持ちがあれば、事業は自ずと承継できるはずです。

会社の理念がしっかりしていて、誰よりもそれを大切にする人がまさに後継者であって、その見えない絆が、会社全体に活力として漲っている。そんな会社であれば、事業承継で揉めるということはありません。より大きな一歩を踏み出すはずです。

攻めか、守りか

次に、事業承継の場面では、創業者と二代目社長を比較議論されることもよくあります。

創業者である親は、血の滲むような努力をし、苦難を乗り越え、猪突猛進で今の会社を成長させてきたことでしょう。一方、後継者である子は、既に土台となる会社が出来ており、創業の苦労をする事はないため、親からすると、(子に対し苦労をさせてこなかったと自分を責めつつ)子が苦労していない事に対し、頼りなく思い、子に対して不満を持つ場合も多いように思います。

徳川家康が愛読したと言われる、唐の太宗と臣下の問答集『貞観政要』に、「創業と守成とはいずれが難しいか」という問答がなされているシーンがあります。1300年以上も昔から、今と同じ議論がなされていたことが分かります。ここでは、「創業が難しい」という臣下と、「守成が困難である」との臣下の意見に対して、太宗は「創業の困難は過去のものであるから、これからは皆と守成の困難を乗り越えていこう」と決意を語っています。

どちらが良くて、どちらが悪いということではなく、太宗は「守り」に重きを置かなければならない時期だと判断した、ということではないかと、私は理解しています。

概して、親が会社を創業した高度成長期には、攻めの経営に重きがあり、猪突猛進というやり方がよかったわけですが、いまや急成長は見込めず、働き方が見直され、多様な人材の活用により優位性を創出する戦略が注目され、AIやITなど技術が進展している時代です。人材の定義も組織体制も根本から変わる中で、これまで積み上げてきたものを守り抜く経営も、かなりの苦難だと思います。

かけがえのない存在への「感謝の気持ち」

創業者は後継者になれないし、後継者も創業者にはなれません。創業者と後継者が存在して、初めて事業は継続が可能となるわけです。そう考えると、創業者にとって後継者は、かけがえのない存在です。後継者にとっても、創業者はかけがえのない存在です。そこには、創業者と後継者にしか分からない気持ち、というものがあるはずです。

お互いを批判したり、「思い(理念)が伝わっていない」と疑うのではなく、お互いにしか分からない気持ちを、感じることができれば、信じることができれば、感謝の気持ちがわきおこってくるでしょう。この「感謝の気持ち」こそが、事業承継を成功に導く一番のキーワードだと考えます。

 

メッセージの執筆者

大坪 洋一(おおつぼよういち)
日本経営ウィル税理士法人 代表社員税理士

税理士。1972年高知県生まれ。2006年11月日本経営ウィル税理士法人に入社。企業経営者やドクター、資産家の相続・承継に関する業務に豊富な経験を持つ。依頼者に寄り添いながら、最善の提案を行う。トラブルが多いほど問題解決に向け燃え上がる性格。

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