レポート要約
- 成長投資を受けたDX推進と柔軟な人員配置
骨太方針2026の「成長投資」方針に基づき、医療分野でもDX/AX(AI Transformation)を通じた生産性向上と柔軟な人員配置が求められています。デジタル化と組織変革により、少人数体制とサービス向上の両立が不可欠です。 - 目標時期の後ろ倒しと継続的な賃上げ対応
最低賃金1,500円の目標は骨太方針2026で2030年代前半へ後ろ倒しされましたが、10年続く中長期的な賃上げトレンドは確定しました。経営維持のため、賃金改定時期の集約など人事制度の抜本的見直しが急務です。 - 交通空白解消やスタートアップ振興への参画
骨太方針2026が掲げる「交通空白」解消やスタートアップ振興を踏まえ、医療MaaS等を通じた公的保険外での地域貢献が新たな市場機会となります。パートナーと共創し事業ポートフォリオを多層化することがカギです。
2026年7月21日に「経済財政運営と改革の基本方針 2026」(骨太方針2026)(※ⅰ)が閣議決定されました。「骨太方針」は内閣の閣議で正式に決定されるため、すべての省庁がその方針に基づいて政策を策定・実施することが求められる、国の政策運営における最上位の指針です。この内容と今年度の診療報酬改定という厚生労働省の重点政策の双方から、今後の病院経営の動向を論考してみたいと思います。
骨太方針2026でも病院DXを推進
骨太方針2026では冒頭に“経済財政運営の在り方そのものに関するコペルニクス的転回”として、「責任ある積極財政」の考え方の下、政府が一歩前に出て、官民手を携え、戦略分野への投資を進める。様々なリスクを最小化する「危機管理投資」や先端技術を花開かせる「成長投資」を大胆かつ戦略的に進めるとともに、我が国を世界有数の知的創造・イノベーションの拠点とするべく、スタートアップの振興などによって、中長期的な成長力強化につなげていく。」とあります。つまり、投資の強化やスタートアップ振興がうたわれています。
医療・介護等の領域では「医療・介護・障害福祉等の分野の技術の発展と普及を支援し、DX/AX、多職種連携を含むチーム医療等による生産性の向上と職員配置の柔軟化に向けた一層の取組を図るとともに、経営情報の見える化を進め、経営実態を把握した上で、物価と賃金の変動に適切に対応し、経営の安定、処遇改善を図りつつ、社会保障制度改革を着実に実行する。」とあります。やはり令和8年度診療報酬改定(※ⅱ)同様に病院DXを推進する内容となっています。
なお、6月末に出された原案にはなかった“多職種連携を含むチーム医療等による”という文言が閣議決定版には追加されています。病院DXでは多職種協働型組織への組織変革がセットで求められるでしょう。以前、弊社お役立ち情報の下記レポートを公開しましたが、令和8年度診療報酬改定は、組織変革を伴う真の病院DXを迫っています。
■真の病院DX「DX=D×CX」が始まった!
~デジタルによる医療職代替を認める令和8年度診療報酬改定?~(2026年1月30日)
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-improvement-quality-132130/
「ICT等の活用による看護業務効率化の推進」によりICT機器等を導入することで、看護職員の人員配置は1割以内の減少まで緩和されるようになり、“デジタル実装(D)による省人化(=組織変革(CX))”が可能となります。以前より一貫して弊社が提唱してきた「DX=D(デジタル化)×CX(組織変革)」という真の病院DXの方向性が、より明確になってきています。その成果は、PX(Patient Experience:患者経験価値)向上と、少ない人員配置でも従来以上の患者受け入れを可能とするコスト構造改革の両立にあります。DXやAI・ロボティクスの活用を通じたサービスの質の向上は必須となるでしょう。
また、弊社お役立ち情報の下記レポートで詳細を解説していますが、令和8年度診療報酬改定は病院DXの文脈だけでなく、ベースアップ評価料の見直しや外科医療確保特別加算などを通じて、病院の組織変革を強烈に推進する内容となっています。
■2040年を見据えた病院組織のあり方
~“賃上げチキンレース”や“内科系⇔外科系の不公平感”の中での病院組織変革~(2026年4月28日)
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-improvement-quality-136838/
つまり、今回のベースアップ評価料の点数設定を考えれば、従来のように2年に一度のベースアップではなく、毎年のベースアップを促す内容となっています。ベースアップ評価料算定を見据えてベースアップを毎年行う必要があることを考えれば、“定期昇給⇒ベースアップ(および昇格昇給)”へ賃金のあり方も変える必要があります。
賃上げの中期トレンドは確定へ
この賃上げ環境については、骨太方針2026では「最低賃金については、2020年代に全国平均1,500円という高い目標(骨太方針2025)の達成に向け、官民でたゆまぬ努力を継続し、労働生産性の継続的な向上を図ることで、遅くとも2030年代前半できる限り早期に全国平均1,500円を達成する。」と少しトーンダウンしています。1,500円の達成目標時期が、石破内閣時代の「2020年代(2029年頃)」から、高市内閣の「骨太方針2026」では「遅くとも2030年代前半のできる限り早期(2034年頃)」へと後ろ倒しされました。これにより、年間60〜70円というこれまでの急激な引き上げペースは落ち着く見込みです。
しかし、それでも毎年3〜4%(約40〜50円)のベースアップが必要です。毎年、1人あたり月給で 6,400円〜8,000円の継続的な引き上げが10年間続くことになります。病院経営における(医師以外の)平均昇給額から考えれば、これまでの常識とは異なることは明白です。加えて、前述のベースアップ評価料があるため、賃金制度のトレンドは変わりません。これらを総合して考えれば、やはり“賃上げチキンレース”が始まったと捉えることが必要です。
【図表】中期的な賃上げトレンドのイメージ

これはインフレ環境下では致し方ない部分もあり、また従業員にとっては非常に喜ばしい内容です。しかし、病院経営を考えれば、健全経営との両立の面で工夫が求められます。
そこで、前述したレポートで触れたように、多職種シェアリングと看護ICT化などの「真の病院DX」が必要となります。つまり、一人あたりの賃金を上げ続けるので、多職種シェアリングを伴う真の病院DXで“人員をスリム化”することが求められます。必要最小限の人数で患者貢献できる“筋肉質な病院組織づくり”が必要です。
賃金の年間スケジュールの見直し検討を
なお、賃金制度の面では、これらを踏まえて病院経営で考える論点があります。“賃金の年間スケジュールの見直し”です。従来の“4月に定期昇給”という日本的賃金慣行の維持は限界を迎えています。医療政策・労働政策双方の変化である“6月のベースアップ(ベースアップ評価料対応)”と“10月の最低賃金改定対応”を踏まえると、実務的には「4月の定期昇給⇒10月にベースアップ」といった賃金改定のサイクルも変化せざるを得なくなっています。つまり、6月のベースアップ評価料対応を踏まえたベースアップと10月の最低賃金対応をまとめて10月(またはそれ以降)に行うことが考えられます。定期昇給とベースアップと最低賃金対応をそれぞれ実施していれば、原資の問題も厳しくなり、かつ人事部の事務負担も高くなります。
そこで、“10月にベースアップ評価料対応と最低賃金対応を集約”し、“定期昇給⇒ベースアップ(および昇格昇給)”へ賃金のコンセプトを変革していくことが考えられます。こうした抜本的な組織変革、すなわち人事制度の見直しが求められるでしょう。
【図表】賃金の年間スケジュール変更のイメージ

今回の骨太方針2026では、骨太方針2025ほど最低賃金を急上昇させる必要はなくなりましたが、逆に継続的な引き上げが10年間続くことが明確になり、ベースアップ評価料の改定とあわせて中期的な賃金上昇トレンドが確定しました。賃金という中長期を見据えた人事制度を見直す上では、経営判断の材料がそろったとも言えます。
医療MaaSを皮切りに公的保険外での地域貢献へ
また、骨太方針2026には「持続可能で活力ある国土の形成と「交通空白」の解消」という章で、「地域の成長を阻む移動制約の打破に向け、集中対策期間の先も見据え、地域輸送資源の最大活用等による「交通空白」解消の取組の深化・加速化や、地域交通DX、規制改革等を通じて、自動運転社会の早期実現と移動の足不足の解消に取り組む。」とあります。この論点については病院も医療MaaS(Mobility as a Service)により、その主体者になることができます。
弊社お役立ち情報の下記レポートで詳細を解説しましたが、以前、視察する機会のあった地域医療連携推進法人(※ⅲ)では、同法人本部で運転手・送迎車を保有し、加盟する傘下の医療機関・介護施設の通院・通所送迎を一元化・共有化(シェア)していました。これは「交通×医療×介護」(※ⅳ)の事例です。こうした公的保険以外での地域貢献のあり方も考える時期に来ています。
■地域共生社会を創造するための病院経営戦略
~“4つの経営機能”を活かした医療MaaS・DXの実現~(2024年11月8日)
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-finance-organization-quality-114097/
このように病院においても公的保険事業を中核に据えつつも、法人のパーパスから考えれば、公的保険に限らず“地域住民に役立つ”という目的思考に立ち、その領域を横断することが重要です。この論点においては、弊社お役立ち情報で下記のレポートを継続して公開してきました。
■地域共生社会における“好循環のビジネスモデル”(2025年1月6日)
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-quality-115148/
■病院経営のイノベーション? “地域共生社会”を見据えた“ウエルネス戦略”(2025年11月10日)
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-improvement-quality-129016/
■病院も事業ポートフォリオを多層化し“経常利益”目線で考える時代へ(2026年1月5日)
https://nkgr.co.jp/useful/hospital-strategy-organization-improvement-quality-130905/
公的医療・介護保険による地域包括ケアシステムに限定せず、観光や公共交通、農業など周辺産業まで事業のスコープを広げて地域に貢献することが、今後の病院経営の新たな市場機会(※ⅴ)になります。病院も事業ポートフォリオを多層化し、経常利益目線で考える時代になってきています。これからは“保険収益と保険外収益の事業ポートフォリオを多層化”させ、“経常利益ベースで黒字化”させていくことが求められるでしょう。“地域共生社会”を見据えた“ウエルネス戦略”を実践することで、まだまだ勝機はあると思います。
【図表】医療MaaSを含めた事業ポートフォリオ多層化のイメージ

病院経営×スタートアップという視点
「骨太方針2026」と令和8年度診療報酬改定から読み取れるのは、今後も中長期的な賃上げが避けられないという現実です。この厳しい環境下において、限られた人員で質の高い医療を提供する「病院DX」は待ったなしの課題と言えます。その上で、病院としての使命(パーパス)を果たし、地域や患者様への貢献を続けていくためには、従来の医療の枠にとどまらず、地域全体の健康を支える「ウエルネス戦略」へと事業の幅を広げていく必要があるでしょう。
こうした取り組みは、病院単体では難しいものです。前述のレポートで触れたように、“様々なパートナーとの共創”がカギです。冒頭でも触れた骨太方針2026でも「我が国を世界有数の知的創造・イノベーションの拠点とするべく、スタートアップの振興などによって、中長期的な成長力強化につなげていく。」とあるように、“スタートアップ振興は骨太方針2026でも重点ポイント”です。そこで、“病院経営×スタートアップ”という視点が重要になるでしょう。
なお、弊社では“病院経営層とスタートアップ企業の共創イベント”として「第1回 病院経営イノベーションピッチ」を開催しましたが、今年(2026年)は「第2回 病院経営イノベーションピッチ」を11月28日(土)に開催します。詳細は、後日ご案内しますが、弊社の取り組みに参画いただける病院経営層の方は、ぜひご協力をお願いいたします。
■第1回病院経営イノベーションピッチ開催報告
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000105083.html
Q&A 例
Q1:骨太方針2026において、最低賃金の引き上げ目標はどのように変更されましたか?
A1:これまでの「2020年代に全国平均1,500円」という目標から、「遅くとも2030年代前半のできる限り早期に(2034年頃)」へと達成時期が後ろ倒しされました。ただし、依然として毎年3〜4%(約40〜50円)のベースアップが必要であり、継続的な引き上げが10年間続くことに変わりはありません。
Q2:継続的な賃上げ環境の中で、病院はどのような人事・賃金制度の工夫を行うべきですか?
A2:従来の「4月に定期昇給」という慣行を見直し、「10月にベースアップ評価料対応と最低賃金対応を集約する」といった年間スケジュールの変更が考えられます。これにより、原資の問題や人事部の事務負担を軽減し、中長期を見据えた人事制度へと変革することが求められています。
Q3:病院が公的保険以外の領域で地域貢献や収益確保を行うための具体的な戦略は何ですか?
A3:地域輸送資源を活用した「医療MaaS」の主体者となり、交通や観光、農業といった周辺産業へも事業のスコープを広げる「ウエルネス戦略」の実践が挙げられます。これにより事業ポートフォリオを多層化し、経常利益ベースでの黒字化を目指すとともに、その実現にはスタートアップ支援やパートナー企業との共創がカギとなります。
「医師マネジメント専門サイト」もご活用ください
※ⅰ)内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026 について」
※ⅱ)厚生労働省「令和8年度診療報酬改定説明資料等について」
※ⅳ)国土交通省「「交通空白」解消等リ・デザイン全面展開プロジェクト」
※ⅴ)経済産業省「経済産業省における ヘルスケア産業政策について」

本稿の執筆者
太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長
【略歴】
大規模民間急性期病院の医事課を経て、2007年入社。電子カルテなど医療情報システム導入支援を経て、2012年病院経営コンサルティング部門に異動。
医師人事制度と他院ベンチマークデータ・診療科別原価計算を組み合わせて「医師マネジメントシステム」と定義し高次化。現在、医師マネジメントが特に求められる医師数の多いグループ病院・中核病院のコンサルティングを統括。
また、医療情報システム導入支援および組織人事コンサルティング経験を踏まえて、「DX=D×CX」(デジタル化×組織変革)と定義して真の病院DX支援も推進。
その他、優良病院とヘルスケアスタートアップの共創イベント『病院経営イノベーションピッチ』を発案し、その企画・運営責任者としても取り組んでいる。
・第1回病院経営イノベーションピッチ
【学位・登録】
・2005年 西南学院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了
・2017年 グロービス経営大学院MBAコース修了
・2023年~ 総務省:経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー
【論文・寄稿】
・データドリブンアプローチのための病院DX人材育成(2025年)
・建築費高騰時代に,建て替えを実現するための病院DXの活用(2025年)
・タスクシフティングのための事務作業効率化(2020年)
・事務長は病院IT化を幹部職員育成の場に活かすべき(2014年)
・中小規模病院での組織マネジメントの脆弱性がHIS導入への障壁となる(2012年)
【講演等】
・産経新聞社主催「地域医療DX戦略フォーラム」基調講演(2026年)
・第10回JCHO地域医療総合医学会 ランチョンセミナー(2025年)
・第75回 日本病院学会 ランチョンセミナー(2025年)
・第22回 日本医療マネジメント学会高知県支部学術集会ランチョンセミナー(2026年)
・第67回全日本病院学会in埼玉ランチョンセミナー(2026年)
以上
株式会社日本経営
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。