病床稼働率向上への課題と対応策|第2回:選ばれる魅力と紹介・救急の強化

投稿日:2026年7月15日

  • 令和8年度診療報酬改定

全2回【令和8年度診療報酬改定:後編】賃上げを組織変革のチャンスに変える!地域で選ばれ続ける病院経営のための人事戦略

この記事の要約・ポイント
  • 賃上げと評価の連動:ベースアップ評価料による全体的な底上げ(安心の土台)を大前提としつつ、個々の役割や貢献度に報いる人事評価制度を掛け合わせることで、単なるコスト増に終わらせない仕組みを構築
  • 戦略と人事の接続:病院の新たな経営戦略(急性期維持や多職種協働など)を現場で具現化するため、「役割・能力・賃金」の三者が均衡した一貫性のある人事制度への見直しが不可欠
  • 組織改革の好機へ:今回の処遇改善を契機にトップの「目指す方向性」を明示し、現場の管理職(師長・科長など)のマネジメント力向上に取り組むことで、病院全体のエンゲージメントと生産性を向上

方向性は決まった。だが、なぜ現場は動かないのか?

前編では、令和8年度診療報酬改定を背景に、単に病床要件をクリアするだけでは生き残れない選別のスタートが切られたこと、指示を待つ組織から脱却するための経営判断の重要性についてお伝えしました。

続くこの後編では、その経営戦略を絵に描いた餅で終わらせず、現場の行動にまで落とし込むための「人事戦略・組織づくり」にスポットを当てます。

今回の改定では、医療従事者の確実な賃上げに向けた「ベースアップ評価料」の大幅な拡充・点数見直しや入院料の増点などが一体的に実施され、処遇改善を後押しする極めてポジティブな内容となっています。全体的な給与水準の引き上げは、離職防止や採用力の強化(安心の土台づくり)において一定の効果があるでしょう。

しかしその一方で、多くの病院経営者からは「一律の底上げ(ベースアップ)を行うだけでは、個々の頑張りや役割に応じたメリハリのある処遇改善には繋がらず、結果としてエース層の定着に繋がりにくい」という、もう一歩進んだ組織づくりの悩みが聞こえてきます。

賃上げという「安心の土台」を最大限に活かし、現場の実行力を引き出す自律型組織へと変革するためには、この機会に戦略と人事制度を紐づけることが不可欠です。本稿ではその具体的な見直し方について解説します。

1.2040年を見据えた「新たな地域医療構想」と改定の背景

今回の診療報酬改定が持つ意味を正しく理解するためには、国が目指している「2040年ビジョン」と、それに伴う「新たな地域医療構想」の動向を正確に予見する必要があります。

需給ギャップの拡大とソフト面の効率化

日本全国で生産年齢人口(働き手)が減少するなか、高齢者人口の推移は地域によって大きく異なります。このまま特段の対策を講じなければ、医療需要の拡大する地域では人手不足による需給ギャップが生じ、逆に医療需要が縮小する地域では病院の維持そのものが困難になります。 

これまでの地域医療構想は、地域の医療需要に応じた「病床機能の分化(ハードの適正化)」が主な議論の中心でした。しかし今後は、単に病床数やベッドの看板(病棟区分)を調整するだけでなく、「病床があっても、そこを動かすそこで働く医療人材がいない(医療人材の不足)」という、より深刻な局面に突入します。そのため、これからはハード面だけではなく、多職種連携やICT・DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用した「ソフト面でのリソース再配置と効率化」が政策決定の根本に据えられています。 

急性期は機能集約とアウトカム評価へ

持続可能な医療従事者の働き方と医療の質を担保するため、地域での救急・急性期機能については、搬送体制を強化しつつ、一定の症例数を集約して対応する「地域の拠点病院」への機能集約が求められています。 具体的には、従来のストラクチャー(構造や配置基準)評価から、救急搬送実績や全身麻酔件数、手術実績といったアウトカム(成果・実績)評価への切り替えが明確に打ち出されました。

2. 戦略を掲げても仕組みが伴わなければ現場は動けない

なぜ、病院が掲げる戦略には同意していても、現場で実行されないということが起こるのでしょうか。それは、組織を構成する要素(戦略、組織構造、人事制度など)がバラバラの方向を向いて機能しているからです。

例えば、今回の改定に伴って自院の入院基本料別の戦略を新しく打ち出したとしても、人事の仕組みが古いまま放置されていると、院内では以下のような矛盾が発生します。

高度急性期や急性期一般1維持を目指す病院のケース

  • 経営陣の戦略:重症救急や高難度手術を断らず、個人の自己犠牲に依存しない持続可能な提供体制を構築したい
  • 現場の仕組みと現実:組織の形が医師をトップとした職種縦割りのヒエラルキーのままで、評価基準も昔ながらの年功序列のままであれば、多職種連携やタスクシフトは進みません。結果として、現場では他部署への配慮や全体最適よりも、自分たちの部署にとっての都合や最適解が最優先され、組織の変革は停滞してしまいます 

多職種協働や高齢者救急、回復期医療を強化する病院のケース

  • 経営陣の戦略:疾患を治すだけでなく、リハビリ職や栄養士などの多職種がフラットに関わることでADLを維持し、早期の在宅復帰を支えたい
  • 現場の仕組みと現実:病棟に多職種を配置したものの、職種間の不要な格差や従来の給与体系がそのまま据え置かれているケースです。同じ目標に向かってチームで動いているはずなのに、一部の職種が自分の貢献度に見合わない過小報酬だと感じてしまえば、チーム医療へのモチベーションは著しく低下してしまいます

このように、いくらトップが正しい方向性を示しても、それを支える人事制度(評価や処遇の基準)が伴っていなければ、現場は戦略通りに動くことができません。 組織の実行力を高めるためには、能力、役割、対価の三者が均衡した仕組みを設計し、戦略と人事施策をまっすぐに接続させることが不可欠です。

3.賃上げを変革の推進力に変える4つのステップ

令和8年度改定を好機として、病院の付加価値を高めていくためには、一律に分配するだけの賃上げから脱却しなければなりません。給与水準の引き上げと同時に、組織の基準を再定義し、職員一人ひとりと新しい関係性を結び直すための4つのステップを進めていきます。

ステップ1:等級定義による期待値の言語化

まずは給与水準と連動した各等級の役割について、法人として期待する成果と行動を明確に定義し、明文化します。 幹部(戦略)、管理職(戦術)、監督職(推進)、一般職(実行)といった階層ごとに求められる役割や責任を具体的に示すことで、職員自身が自分に何が求められているのかを客観的に認識できるようになります。

ステップ2:評価制度の適正化による、成果と行動へのシフト

賃上げと並行して、これまでの主観的な情意評価(頑張りや熱意といった要素)の比重を下げることがポイントです。代わりに、期待される行動を満たしたかを測る「コンピテンシー評価」や、実際の行動結果をみる「成果評価」の比重を高めていきます。 過去の積み上げではなく、現在進行形でどれだけ病院に貢献しているかを評価軸とすることで、職員の納得感とモチベーションを高めます。

ステップ3:経営層からの投資と期待のメッセージ発信

ベースアップ評価料による処遇改善は、対象となる職員全員の確実な底上げ(待遇の安心安全の担保)が制度上の基本となります。その上で経営者としては、「国から言われたから一律で上げる」という受動的な態度ではなく、「この安心できる経営基盤・待遇をベースに、一丸となって地域に選ばれる医療サービスを目指していこう」という、全職員への一歩進んだ期待のメッセージとして発信することです。制度の趣旨を正しく実行しながら、同時に組織のエンゲージメントを高めるコミュニケーションへと昇華させていきます。 

ステップ4:フィードバック面談を通じたコミットメントの引き出し

評価結果をただ一方的に通達するだけでは、職員の行動は変わりません。面談を通じて期待レベルと現状のギャップを明らかにし、来期に向けた目標設定を職員自身の口から約束させます。 自ら目標などを設定し、日頃の実践とフォローのサイクルを回していくことで、組織と個人の間にある信頼関係がより強固なものへと変わっていきます。

4.病院組織の成長にマネジメント研修が不可欠な理由

どれだけ精緻な人事制度や仕組みを整えたとしても、それを現場に浸透させ、部下に対して法人の想いや考えを日常的に伝えていくのは現場の管理職です。しかし、病院という組織の特性上、ここで多くの歪みが発生しています。

病院は高い専門性を持ったスペシャリストの集団です 。そのため、プレイヤーとして優秀な実績を残した専門職が、マネジメントに関する体系的な教育を受けないまま、ある日突然管理職に登用されるケースが後を絶ちません 。だからこそ、病院組織には一般的な企業以上にマネジメント研修が必要となります。

ベースアップ評価料の拡充によって全体的な処遇改善が実施される今だからこそ、現場を預かる管理職が「法人の目指す方向性」や「新しい評価の仕組み」を正しく理解し、部下にポジティブに伝えていくコミュニケーション能力が求められます 。新任監督職や新任課長職といった節目、あるいは役職者全員を対象として、以下のようなテーマを定期的に学ぶ機会を設けることが、人事制度改革を成功させる最大の鍵となります。

  • 役職者の役割と責任:リーダーとしての期待を理解し、必要なものの見方や考え方を身につける
  • リーダーシップと部下指導育成:人を動かすための関わり方、適切な褒め方・叱り方などの実践力を高める
  • 業績マネジメントと問題解決:適切な目標を掲げてメンバーと共有し、論理的思考に基づいて現場の課題を解決する手法を習得する

仕組みを動かすリーダーの開発を並行して進めることで、待遇改善の安心感を病院全体のモチベーションへと繋げることが可能になります。

まとめ:仕組みが変われば、現場の行動が変わる

地域で選ばれ続ける病院であり続けるために、今回の診療報酬改定を受けて自院が打つべき戦略の方向性は見えているはずです。それでもなお現場が動かない、優秀な人材が定着しないという課題の本質は、現場の職員の意識の低さではなく、戦略と人事制度が結びついていないという仕組みの欠如にあります。 

今回の改定に伴う賃上げを、単なるコスト増という負担で終わらせるか、それとも自律型組織へ生まれ変わるための人的投資に変えるか。その舵取りは経営陣の意思と覚悟にかかっています。

持続可能な制度を構築するためには、「現場の実態に沿っていること」「目的を軸に整合性がとれていること」「シンプルで運用しやすいこと」の3点が不可欠です。さらに、設計の段階から現場職員の意見を丁寧に聞き、適宜説明や周知を行って納得感を得ながら進めることが、導入後のスムーズな運用を支えます。

自院の経営状況や将来の採用戦略を見据えたとき、どのような賃金カーブを描くべきなのか、現場の反発を招かずに新しい評価制度へ移行するにはどうすればいいのか。人事制度を含めた組織づくりやマネジメント改革に少しでも課題を感じていらっしゃる経営層や事務長の皆様は、ぜひ一度、病院コンサルティングのプロフェッショナルにご相談ください。

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本稿の監修者

馬渡 美智(まわたり みさと)
株式会社日本経営 

病院の人事制度構築や労務管理体制の調査・整備業務のコンサルティングに従事。単なる評価ツールとしての人事制度の構築ではなく、現場の実行力を高め、戦略を実現する組織づくりに強みを持つ。社内においては、子育てをしながら経営コンサルタントとして第一線に立つモデル人材として活躍。社会保険労務士有資格者

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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