どんなに立派な経営理念であっても、現場の行動に結びついていなければ意味がありません。第1回で解説した「パーパス(存在意義)」を掲げた後、それをどのように病院全体の「戦略」や「日々の業務」へと繋ぎ、縦割り組織を打破していくか。第2回では、全職種を巻き込む「ストーリー型戦略共有」のノウハウを解説します。
1. 理念と現場が分断される構造的課題
「地域への貢献」といったテーマの経営理念が掲げられた病院は非常に多くあります。しかし、それが現場の日常行動に結びついていないケースが少なくありません。
その原因は、経営陣が描く理想と現場の業務の間に「戦略ストーリー(言葉の架け橋)」が存在しないことにあります。部門ごとに単独の目標(病床稼働率、リハビリ単位数、請求処理スピードなど)を追わせると、看護部、リハビリ部、事務部などが自部門の効率を優先し、「部門間の壁」や「業務の押し付け合い」が発生してしまうのです。自部門の効率の最大化を目指すこと自体は悪いことではありません。ただ、病院全体でベクトルが共有されていないと、各部門は一生懸命やっているけれど、全体では非効率という事態を招いてしまうのです。
2. 「一人の患者ストーリー」で全戦略を繋ぐ
縦割りの壁を打ち破り、全職員が同じベクトルで動くための特効薬が、「一人の患者さんが救われ、笑顔で地域へ戻るまでのカスタマージャーニー」を軸にした戦略の可視化です。
抽象的な目標ではなく、「どのような不安を抱えた患者さんが来院し、どの職種がどんな価値を提供して安心に変えるのか」を具体的ストーリーとして共有します。
【ストーリー型戦略共有のイメージ】
「突然の強い腹痛と不安で来院した48歳・男性の患者さん。受付の優しい声掛けで安心し、連携室と診療部門の迅速な受け入れ準備により即座に受診。医師・看護師・その他のメディカルスタッフがチーム一丸となって不安を解消し、笑顔で社会復帰を果たします」
| フェーズ | 認知 | 情報収集/比較検討 | 利用・体験 | ロイヤリティ |
|---|---|---|---|---|
| 行動 | ・再検査となったので、病院をインターネットで検索する | ・良さそうな病院をいくつかピックアップ ・どこに行くか検討している | ・病院にて検査を受ける | ・検査結果は良好だった ・家族や友人に検査を受けたが、問題なかったと伝える |
| 心理・思考 | ・近くにいくつか病院があるが、詳しく分からない ・どこがいいだろうか… | ・早く不安を解消したい ・せっかくならいい病院でしっかり診てもらいたい | ・不安を解消したい | ・とにかく不安が消えてよかった ・病院の対応がとてもよかったことを伝えたい |
| タッチポイント | ・ホームページ(SEO)、SNS ・地域貢献活動、健康教室 ・口コミ、紹介 | ・ホームページ | ・受付対応 ・受診(医師・看護師対応) | ・医師の説明 ・職員の対応 |
| バリュー (重視すべき顧客価値) | ・知名度・ブランド力 ・SEO対策 | ・グーグルの口コミ、評価 ・受診すべき診療科の説明 ・受診の流れのわかりやすさ ・予約の取りやすさ | ・検査のスムーズさ ・検査結果説明までの早さ ・検査結果説明のわかりやすさ ・待ち時間の長さ ・終了時間の見通し | ・受付~支払いのスムーズさ ・説明のわかりやすさ ・職員対応の安心感 |
| 主な担当者 | 広報部門、連携室 | 連携室、受付 | 受付、医師、検査技師、看護師 | 医師、受付 |
このように「届けるべき顧客価値」を中心に据えることで、職種や部門を超えたコラボレーションが自然に生まれるようになります。実際に日本経営がご支援した事例でも、「患者さんにどんな体験を届けるか」を軸に再構築したことで、組織の連携力と実行力が飛躍的に向上しました。
3. 現場を巻き込むアジャイル(柔軟)な計画づくり
戦略や目標を現場に「腹落ち」させ、巻き込んでいくためには、計画づくりのプロセスそのものにも工夫が必要です。
経営陣が上から下ろした「100%完成された計画」は、現場から見れば「決められた方針」に過ぎず、当事者意識が生まれません。トップが「目指すべき方向性(パーパス)」と「解決したい問い」を提示し、幹部層(ミドルマネジメント層)や現場スタッフの意見を吸い上げながら計画を微修正・ブラッシュアップしていく「アジャイルな計画づくり」が有効です。
「自分たちの意見や提案が病院の戦略に反映された」という実感こそが、職員の自律的な実行力を生み出す最大のエンジンとなります。
【まとめ】理念を活かして全員で動く組織へ
理念やパーパスはお飾りではなく、経営戦略と現場を強力に結びつける羅針盤です。
この羅針盤を正しく機能させ、全職員が自律的に動き出す組織をつくるためには、次の3つのアプローチが鍵となります。
- 部門ごとの数値目標ではなく、「一人の患者ストーリー」で共通価値を可視化する 数字だけを追わせると縦割りが加速します。「一人の患者さんが救われて地域へ戻る物語」を軸に置くことで、全職種が同じ方向を向くことができます。
- 「顧客価値(患者・地域にとっての便益)」を中心に置いてセクショナリズムを打破する 自部門の都合ではなく「患者さんに届ける価値」を行動基準にすることで、部門を超えた自発的な連携とサポートが生まれます。
- 現場の意見を吸い上げ、アジャイルに計画をアップデートする 100%完璧なトップダウンの計画よりも、「現場の声を反映しながら育てる計画」をつくることが、職員の当事者意識を育みます。
「理念」と「戦略ストーリー」を揃えても、現場のリーダーが指示待ちのままでは組織は動きません。
次回、第3回【役割・権限 編】では、共有された戦略を現場で力強く実行するために不可欠な「指示待ち管理職を生む原因と、役割・権限の正しい渡し方」について詳しく切り込んでいきます。
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本稿の監修者

橋本 竜也(はしもと たつや)
株式会社日本経営 代表取締役社長
1999年入社以来、人事コンサルティング部門にて、一貫して病院・企業の人事制度改革に携わるほか、不採算病院の経営再建にも従事。病院のコンサルティング実績は100病院を超え、全国の医師会、金融機関、各種団体等での講演も多数。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会 医業経営コンサルタント第7437号
第21回日本医業経営コンサルタント学会 最優秀賞(2018年11月)
第25回日本医業経営コンサルタント学会 最優秀賞(2022年10月)
■著書
「チームパフォーマンスの科学」幻冬舎2021年12月
「中小企業の未来戦略を具現化する!組織マネジメント実践論」プレジデント社2022年10月
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。
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