お役立ち情報

「高騰する人件費」に負けない!5年後も「利益を生む介護事業者」で居続けるための賃金適正化の戦略

  • 業種 介護福祉施設
  • 種別 レポート

近年、介護事業では人件費の負担が以前よりも大きくなり、経営面での厳しさが増しています。最低賃金の引き上げや処遇改善加算といった外部環境の変化に加え、今後も続くであろう人手不足や、昇給に対する不安もあり、多くの介護事業経営者や人事担当者は「人件費が全体の70%を超えてしまうのは仕方がないのか」と悩んでいるのが現状です。しかし、やみくもなコスト削減は職員のモチベーション低下や離職につながりかねず、組織の存続を脅かすリスクを孕んでいます。

本レポートでは、高騰する人件費に負けず、5年後も「利益を生む介護福祉法人」であり続けるための、人事制度を活用した人件費適正化の戦略について解説します。

「人件費率が高い=給与が高い」は誤解?見落とされがちな構造的要因とは

介護施設経営で人件費率が高いと「職員の給与が高すぎるのではないか」という印象につながるかもしれません。しかし実際には、人件費率は賃金水準だけで決まるものではありません。

例えば、売上が伸び悩んでいるために人件費率が高く見えるケースや、人員体制が過剰であるために総人件費が押し上げられているケースなどがあります。残業が常態化していれば、時間外手当も含めて職員一人あたりの人件費が上昇します。つまり、「人件費率が高い」という状態は、賃金の額面だけでなく、収益構造や労働時間、組織運営のあり方など、複合的な要素が絡み合って生じているということです。

特に赤字が続いている施設では、人件費率が70%を超えることが多く、黒字の施設よりも高い傾向があります。介護や障がい福祉事業では、一般的に人件費率は60~65%が目安とされていますが、これを大きく上回ると経営を圧迫するリスクが高まります。また、必ずしも賃金が高いわけではないのに人件費率が高い場合もあり、その背景には、必要以上の人員配置や業務の非効率、人事評価制度がうまく機能していないことなどが影響している可能性があります。こうした状況を改善するには、単に給料を上げ下げするだけでは十分ではありません。

法人全体の制度や仕組みを見直し、どこに問題があるのかをしっかり分析したうえで、総合的な対策を考えることが大切です。

「人事制度」が、見えにくい人件費課題の鍵を握る。等級・評価・賃金の連動が支える人件費の適正化

人件費を適正に管理するために「制度を整える」と聞くと、少し遠回りに感じるかもしれません。しかし、人事制度は単なる形式的なルールではなく、日々の人件費の使い方に大きく影響する“設計図”です。建物が設計図に基づいて建てられるように、組織の人件費の構造も人事制度によって形づくられます。そのため、制度の内容や運用次第で、人件費が適切にコントロールできるかどうかが決まります。
特に、以下が注意しなければいけないポイントです。

  • 必要以上に役職者がいる
    一般的に、役職者の給与水準は高く設定されているため、役職者の数をコントロールできていない状態は、総人件費を押し上げる要因になります。必要以上に役職者が配置されている場合、人件費としての支出に対して、十分な成果が得られていない可能性もあります。

  • 昇格・昇進の基準があいまい
    昇格や昇進のルールがはっきりしていないと、知らないうちに人件費が増えてしまいます。特に、どんな仕事をするのかや責任があいまいなまま役職者が増えていくと、必要のない人件費がかかってしまう原因になります。

  • 評価制度の形骸化
    業績や勤務状況に関係なく賞与や昇給が行われていれば、長期的には財務面での圧迫要因になります。頑張った職員が適切に評価されず、そうでない職員との差がつきにくい環境では、モチベーションの低下を招き、結果として生産性の低下や離職にもつながりかねません。

このような状況を改善するための「制度の整備」を考えます。
具体的には等級制度・評価制度・賃金制度という三本柱を、組織の現状と将来の目標に合わせて再構築していきます。

  1. 等級制度
    等級に応じて、役割や責任に応じた等級が明確であること。等級が給与設定の根拠になるため、組織に本当に必要な役割に応じて人を配置すれば、総人件費も妥当な水準に落ち着きます。

  2. 評価制度
    成果や貢献に応じた評価がきちんと行われること。職員一人ひとりの貢献や成長を正当に反映できる仕組みを目指します。

  3. 賃金制度
    職員の貢献が処遇に反映される仕組みが整っていること。これにより、職員は納得感を持って業務に取り組むことができ、経営側も人件費の支出に明確な根拠を持てるようになります。

これら3つの制度がしっかり整っていることが、「納得できる仕組み」としての人事制度の土台になります。制度がきちんと機能していれば、「なぜこの給与なのか」「なぜこの待遇なのか」といった理由を明確に説明できるようになります。

その結果、経営側は人件費を持続的に管理でき、職員も納得して働くことができるため、エンゲージメントの向上や離職率の低下、組織全体の生産性アップにもつながります。

制度見直しの第一歩。人件費のムダを見抜く「3つの可視化」

制度を改善するには、まず現状を正確に把握することが欠かせません。やみくもに制度を変更しようとしても、的外れな対策になってしまう可能性があります。人件費適正化に向けた制度見直しの第一歩として、以下の「3つの可視化」が重要となります。

1. 賃金支給状況の可視化

職員の勤続年数と月給の関係をグラフ化することで、年功的に積み上がった構造や、役職者と一般職の逆転現象など、制度上のゆがみが明らかになります。

例えば、経験年数の長い一般職員が役職者よりも給与が高い、夜勤手当により一般職員が役職者より給与が高いといった「逆転現象」は、職員のモチベーションを大きく低下させる要因となります。現場感覚としては見過ごしていた事象も、データで見ると想像以上に偏りがあることがあります。これにより、どこに人件費の見直しが必要かを客観的に把握できるのです。

2. 制度をこのまま継続した場合の人件費シミュレーション

現在の制度をそのまま継続した場合、将来的に人件費がどのように推移するかを予測します。定期昇給や役職任用を前提に10年スパンで人件費の推移を予測することで、「将来の財務的負担の増加リスク」が具体的に見えてきます。

このシミュレーションにより、「このままでは数年後に赤字転落の可能性がある」「このペースで賃上げを続けると、経営が立ち行かなくなる」といった具体的な危機感を共有できます。事前にリスクを把握することで、早期に適切な対策を講じることが可能となります。

3. 現在の制度の実態把握

現在運用されている人事制度が、実際にはどのように機能しているのかを詳細に点検します。役職の定義や昇格基準、評価と賃金の関係性、各種手当の支給根拠などを整理することで、制度の運用が現状と乖離していないかを点検できます。

例えば、役職者の定義があいまいなために、実務を行っていない役職者が多く存在したり、評価基準が形骸化しているために、公平な評価ができていなかったりするケースが見られます。この整理を通じて、制度の抜け穴や非効率な部分を特定し、改善の優先順位を付けることができます。

介護福祉施設の人件費の適正化を実現する「組織構造」「貢献との連動」「業績連動」の具体策

「3つの可視化」で現状を把握した後は、いよいよ具体的な制度見直しに着手します。
実際に制度を見直す際には、以下の通り、複数の視点からのアプローチが求められます。

1. 組織構造の再設計

役職者の人数や配置、昇格の基準を見直すことで、無駄に膨らんだ人件費を抑えることができます。組織内で役割分担があいまいなままだと、職務内容と報酬が一致せず、不公平やコストの無駄が生じやすくなります。そのため、役職者の数を適正な水準に調整し、役割ごとに明確な等級制度を設けることが重要です。

こうした制度の見直しによって、職員一人ひとりが自分の役割や責任を明確に理解できるようになり、組織全体のコスト効率とパフォーマンスの向上につながります。

2. 職員の貢献と処遇の連動

職員の貢献度に応じて処遇を調整する仕組みがなければ、モチベーションの低下や不公平感につながります。正当な評価が正当な報酬に結びつく制度は、職員の意欲を引き出し、組織全体の活力を高めます。

特に、勤務制限(夜勤不可、異動不可など)がある職員への対応は、人件費配分上も重要な視点です。多様な働き方に対応しつつ、公平性を保ち、人件費のムダをなくすための評価制度の設計が求められます。具体的には、役割給や職務給の導入、成果に応じたインセンティブ制度の検討などが挙げられます。

3. 法人全体の業績と連動した人件費管理

賞与や手当を業績変動型に設計することで、経営状況に応じた柔軟な対応が可能となります。これにより、法人の業績が好調な時には職員に還元し、厳しい時には人件費の変動費部分を抑制するといったコントロールが可能になります。

例えば、固定額+業績連動のハイブリッド型にすることで、一定の安定性を保ちながらも、財務のコントロール性を高めることができます。これは、職員にとっても法人の業績を自分事として捉え、貢献意欲を高めるきっかけにもなり得ます。

制度改革はコストではなく、介護施設経営のよりよい未来への「投資」

制度を整えることは、単にコストを減らすためだけのものではありません。むしろ、法人が将来にわたって安定して経営を続けていくための土台となります。評価や報酬の基準、職員にどんな役割や成果を期待するのかを決めて明確にしておくことは、職員との信頼関係を築くうえでもとても大切です。透明性のある人事制度は、職員が安心して長く働ける環境を提供し、結果として定着率の向上や優秀な人材の確保にもつながります。これは、人手不足が深刻化する介護業界において、非常に重要な経営戦略の一つと言えるでしょう。

現場の処遇改善に頭を悩ませる今だからこそ、制度という“静かな土台”に目を向けることが、5年後・10年後の健全な法人運営につながるのではないでしょうか。

介護と言えば、日本経営!

本稿の監修者

太田 和希(おおた かずき)
株式会社日本経営

介護福祉コンサルティング部

所属する介護福祉コンサルティング部のミッションである「『誰もがその人らしく暮らすことを選択できる』社会の実現に貢献する」に共鳴し、現在は人事制度の構築支援を通じた、「事業の持続可能性」と「職員の自己実現」の両立を目指しています。また、教育現場での実務の経験があるため、学びを深めるとともに、自己成長を促進することを大切にしています。セミナーでは、経営に関するテーマを具体的で実践的な内容に落とし込み、参加者が自法人の課題解決に向けて実際に行動を起こせるようサポートします。

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

関連する事例

【お客様インタビュー】コンサル活用のポイントは、客観的視点の「地図」

  • 介護福祉施設

関連する事例一覧

関連するセミナー&イベント

2025年度 学びの現場実践を促進するオンライン研修/Waculbaゼミ

  • 病院・診療所・歯科
  • 介護福祉施設

関連するセミナー&イベント一覧

関連するお役立ち情報

海外人材採用戦略!海外人材(介護職・看護補助職)が「長く働きたくなる」採用・育成戦略

  • 介護福祉施設

関連するお役立ち情報一覧